ときめくとも言う・後/紅丸


縁側で本を読んでいると、若に頭を撫でられた。私はその時、よくわからないが何かを褒められたのだと単純に解釈したのだが、どうやらそうではなかったらしい。と言うのも、その、頭を撫でられた日から、明らかに若の様子がおかしいのである。廊下ですれ違う時私に強めのデコピンをしてみたり(割と痛い)、かと思えばまたぐるぐると撫でてみたり、どこかで貰って来た甘味をまとめて私にくれたりする。
若は何も言わなかったが、絶対、私がなにかしてしまったのだ。でなければこんなに急激に私に対する行動が変化するはずがない。
紺炉中隊長に聞いてみたのだが、「悪いが俺の口から勝手に話すわけにはいかねェよ」と言われてしまい何の情報も得られなかった。となれば、直接若に聞いてみるしかない。それにしても、まったく心当たりがない。私は努めて迷惑にならないようにしていると思うのだけれど。
考えてわからないことを延々と考えるのも時間の無駄だ。私が理由を聞くことにより事態が好転するように祈りながら、若の部屋にやってきた。「若、あの、入っても?」ノックをしてからそう聞くと「ああ」と返事があった。声はいつも通りだった。私の勘違いなら、それでもいい。最悪なのは、踏み込み過ぎて出て行けと言われることだ。私はここを追い出されると行くところがない。「失礼します」

「どうした」
「あの、もしかしたらどうもしないかもしれないんですが、私、若になにかしましたか」
「……なんでそう思う」
「なんでっていうか、若、最近必要以上に私に構うじゃないですか。ストレスが溜まったとかそういう理由ならいいんですが、私が何か若にとって都合のよくないことしたんじゃないかと思って……、そうだとしたらちょっと、大分、耐えられないので教えてもらえませんか?」
「……」

若が言い辛そうに黙るので、私はすぐに両手を振って「もし言いたくないことなら、全然無理にとは」と一歩引いた。もう少し考えてみよう。案外、ヒナタちゃんとヒカゲちゃんならわかったりするのかも。後は他の隊士の人とかに聞いてみてもいいだろう。「ごめんなさい、そもそも私の気のせいかもですよね」不穏な空気にならない内に出て行こうとしたのだけれど「待て」と、若は言った。
若に待てと言われれば、待つ以外に選択肢はない。
「まあ座れ」とも言われて、大人しく正面に座る。

「……」
「…………」

こんな風に、部屋で二人きりで話をするのははじめてかもしれない。二人きりになること自体は珍しくもなんともないが、いつもは仕事の話か、私が適当な雑談をしているだけだ。こんなに張り詰めていたことはない。
第七の人たちにも浅草の人たちにも嫌われている気はしないが、こうも神妙にされては不安になってくる。
待てと言われるがまま、若からの言葉を待っている。「お前、」

「男が嫌いなのか」

……、どういう、意味だろう。

「え……っと、まあ、たぶん、得意ではない、ですけど」
「あ?」
「浅草の皆は好きです」

この話は、最近の若の奇行とどう繋がるのだろう。そもそも質問の答えになっただろ、「そうじゃねェよ」なっていなかったらしい。単純に男性が好きとか嫌いとか、得意とか苦手とかそういう話ではなくて。ならばええと、他にどんな意味があるんだろう。
若の考えが、いまいち読めない。

「お前は町の女どもみてえに、惚れた腫れただの……、そういうことに興味ねえのかって聞いてんだ」
「ああ、そういう……」

依然、私の知りたいことはわからないままだが、質問の意図は理解した。

「今が人生で一番楽しいですからねえ。興味がないというか、考えたこともありませんでした」
「……」
「それでええと、最近若の調子がおかしいのとこの質問にはどんな関連が?」

若は、私の質問には答えてくれないまま次の質問を私に投げる。この問答の先に私が欲しい答えがあると、そういうことだろうか。

「町の適当な奴に言い寄られたら付き合うか?」
「本当に、今が楽しいですからね。それに私はここに恩がありますから、ここ以上に優先しなきゃいけないものを作る気にはなれません」
「相手が俺ならどうだ」
「あはは! 若、それじゃあ若が私を好きみたいですよ。浅草の、いや、全国の若のファンが泣きま……、」

……あれ?????
若が、私を、好き。である、と、仮定、すると。もしかして。いいやもしかしなくても。説明がついてしまう、のではないか。
私と若はしばらく見つめ合う。若は否定しない。

「……ま、まさかそんなはずありませんよね?」
「やっと気付きやがったな」
「やっと……?」

やっとってなんだ。これではまるで、随分前から若は私が好きであったみたいではないか? これは昨日今日ぽっと出てきた話ではなくて、それどころか、私が気付くのを待っていたみたいな。そのためにいろいろやっていたみたいな言い草ではないか……?
若と交わる、視線がはずれない。

「それで、どうなんだ。相手が、俺なら」

ほとんど誘導尋問みたいな交渉だ。私にはここしかない。私はここに命を救われている。それどころか、第七で働く毎日が楽しくて楽しくて堪らなくて、この浅草より大切なものなんてなくなってしまった。それでその大事な大事な浅草は、若の町、だ。

「若、なら」

声が震えていた。
冗談にしてしまう余地はあったかもしれない。けれど、知ってしまったから、拒絶したら、私は私を許せない、気がした。若が一気に男の人に見える。この人は私の知る中で一番強くてかっこいい人だ。そんな人に好かれているなら、応えたい、と思っている。私は頷いてもいいのだろうか、誰かに問うが、返事はない。私は頷くべきではないんじゃないか。気持ちの整理ができてない。場の勢いに流されているだけかも。引き延ばすべき、引き延ばすべきではない。もっと真剣に若を好きな人が、いるはず。でも若は私、を。
改めて若の瞳の奥を見詰める。
ここにきてから、はじめてのことばかりだ。私は、どれだけ記憶を遡っても、こんなに真っすぐ、誰かに想いを向けられたことはない。

「世界でイチバン心強い、ですね」

少し怖い気持ちは隠して、はじめて、私から若の手に触れた。


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20191016:最強さんのになった日。


 

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