やさしいひとたち/ジョーカーvsリヒト


ある程度自由に振る舞える、と言うのは強いひとの特権だとは思う。きっとその分類に彼女も入っているから、あんな所で寝ているのだ。

「どうしたらあんなことになんだ?」
「たぶんまた考え事してたんだと思うけど」
「なんであいつは考え事してると高い所に登るんだ?」
「僕と会った時にはもう鉄塔とか電柱とかによく昇ってたよ」
「で?」
「考え疲れて寝落ちして、そのまま物理的にも落ちてくるんだ」

やべーな。やばいんだ。僕達は引き気味になまえが登りつめた廃ビルを見上げる。がく、と頭が振れることがあるから寝ているのだろう。廃ビルの上のアンテナの上、引っかかるようになまえがいる。

「心臓に悪いから迎えに行ってやってよ、ヒーロー」
「しょうがねえな……」

ちなみに僕は毎回慌てて迎えに行くのだけれど、大抵その途中で落ちて来る。毎回奇跡的に無傷なのは、落下中に目を覚まして能力で勢いを殺すからだ。
ジョーカーなら僕よりスピードはあるしどうだろう、と眺めていると、屋上に着いた時点でやっぱりなまえが落ちてきた。「ひっ」毎回背筋が凍る。

「あっやば」

落下、頭から地面にぶつかるであろう自由落下。しかし、なまえはやはり途中で目を覚まして炎で勢いを殺して服に付いたホコリを払う。

「危なかったァ……」

で、僕は「よかったあ!」等と言いながらなまえに飛び付く。……こんな時でもないとこんなに密着できないから、ここぞとばかりにぎゅうぎゅうやっておいた。「ん? リヒトくんだ」と言われるのと、ジョーカーも降りてきて便乗して飛び付いてきたのは同時だった。「んぐ、あ、ジョーカーも」なまえはたった今屋上から無意識ダイブしたとは思えない呑気さでへらりと笑うのだった。



歳は違うが大学でよく同じ講義をとっていたと言うようなこいつらはその時からの知り合いで、曰く親友であるらしい。その親友を、最近は俺に取られて天才科学者様はややご立腹である。

「別に取られてないよ」
「けど、羨ましいだろ」
「それはそうだけど」

ふふ、と笑ってやるとリヒトは近くに寄ってきて、俺の胸にもたれかかって寝ているなまえに白衣を掛けた。
四六時中リヒトが身につけてるもんだ。当然あいつの匂いがして、なまえの表情がふにゃりと緩んだ。張り合い方が悪質だ。

「羨ましいだろ?」
「このやろ……」
「君はともかく、なまえが風邪引いたら大変だからね」
「俺はともかくってなんだ」
「君は、風邪引いて寝込んでもふらっと外出てその辺で寝てたりしないだろ?」
「おいおいまさか……」
「言っておくけど、彼女の放浪癖は半端じゃないよ」
「発信機とかつけろよ……」
「ついてるよもう」
「お前それは……」
「社長の厳命なの! 僕の趣味じゃないの!」

俺たちはとんでもない女を取り合っている気がする。いや、実際とんでもない女を取り合っている。
俺がなまえにはじめて出会った時からとんでもなかった。
裏路地で、本を片手に歩いて来た。あまりに自然だったから、俺たちは一時的に争うのを止めてなまえを目で追いかける。なまえは気付きもしないで通り過ぎるが、俺はとにかく、俺を追ってきた奴らは見られたからには殺さなきゃならない。適当に処理しようとナイフを投げると、なまえはそれに気付いて受止め、向かってきたヤツらを返り討ちにしてしまった。何となく状況を察したなまえは「あっ」と思いついたように言った。

「お兄さん、ご飯まだ? 鍋食べたくない?」

その日からだらだらと友人関係を続けている。なまえは思ったよりもやばい奴で、集中していたり考え事をしている間同じ場所にいることができないらしい。ふらふら歩き回るなまえについていって、どこともしれない場所ではっと現在地について考え出すのは少し面白いし、その後、やってんのかやってねえのかわからない飯屋にふらりと入るのも、また面白いのであった。(この楽しみはリヒトには教えていない)
もぞ、と白衣の下のなまえが蠢き、起き出した。
目を擦る手を掴んでこちらを向かせる。

「よう。おはよう。俺の隣はよく眠れたか」
「ん、ああ、ジョーカー。おはよ」
「おはようのちゅーするか?」
「ん? リヒトくんの白衣?」
「ハハハ、無視かよ」

あとはこれだ。これはリヒトと共通見解なのだが、なまえが正気に戻る時、俺たちを見つけると幸せそうにへらりと笑う。この顔を見るのが、たまらなく好きなのである。

「なまえ、肉まんあるよ」
「ええ……、食べる……」
「食い物で釣るな卑怯だろうが」



気が付くと、目の前に人がいることが多くなった。
小さい時からはっと周りを見ると一人で、周りに誰もいないことが多かった。何故そうなのかわからなかった時期もあったけれど、すぐに理解する。それはそうだ。ふらふらどこかへ行く私に付き合いきれなくなるのである。皆そうだった。それで良かったのに。

「今度は木の上? 器用だねえ。大丈夫? 降りられる?」

リヒトくんはもう何年も私がいなくなると探してくれるし。

「おいおい、どうやって登ったんだ? ところで、ここ何処だよ」

ジョーカーは笑いながら私についてきていることが多い。面白がってくれる人なんて居なかったのに。この二人は私をそういうものだと付き合ってくれている。

「……ふふ」

この二人は、まだ、私を諦めないでくれている。


-----------
20191215:起きた時に誰かが笑ってる。

 

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -