011/ジョーカー


「簪を受け取るって意味わかる?」とリヒトに聞かれ「知らねえ」と答えた。「そっか。なまえがめちゃくちゃ会いたがってたから、会ってあげて」こいつにしては頭の悪い会話だった「……あ?」思わずそのまま首を傾げるが、言われた通りになまえに会いに来た。

「ジョーカー……!」
「おおっと、よしよし。いい子にしてたか?」
「いい子に……あっ、い、いい子では……、いい子っていうのはよく分からない事柄に関して適当に返事をしたりしない子のことですよ……」
「おお?」

珍しく勢いよく飛び付いてきたなまえを受け止めてやると、俺の言葉にいきなり落ち込んでだらりと俺の腕の中で脱力していた。そして、そっと俺から離れ、床に座り、膝を畳んで、がんっ、と額を床につける。なにやってんだこいつ。

「ごめんなさい、許してください、後生です」
「何に謝ってんだ。浮気か」
「……」
「オイ黙るな。浮気じゃないだろ?」
「浮気じゃない……浮気じゃないんです……」
「ならそんなとこで丸くなってねえでこっちに来いっての」

俺はいつものようになまえを持ち上げ膝に乗せる。こいつの部屋にはベッドと机と硬い椅子、それから本棚しかねえからベッドに座るしかない。なまえは泣きそうな顔で俺の顔色を伺いながら「リヒトくんからなにか聞きましたか?」と聞いてきた。あいつが事前に寄越した情報なんてのは「簪がどうのこうのっつってたな」「えっ、そ、それだけ」「それだけ」「リヒトくんめ……」俺はなまえの湿った髪を撫でてやる。まだ全然濡れているから、タオルで拭きながら、なまえの話を聞いてやった。



なまえは俺を逃がす為に一度繋いだ手をするりと離した。「待ち合わせをしましょう」と言い出したのはなまえで、「逸れたり、迷ったりしたら、新月の夜に、ここに」飛び降りて追手を引き受けたなまえとその場所で再会したのは、三回目の新月の夜だった。

「そりゃ、厄介な相手に好かれたもんだ」

一通りの話を聞いてそれだけ言うと、なまえは顔を上げてじっと俺の様子を伺っている。

「お、怒ってない……?」
「怒らねえよ。同じ状況なら俺だってそう言ってただろうぜ」
「ほ、ほんとに怒ってない?」
「怒ってる顔か?」
「呆れてる顔してます」
「だろうが」

むしろ感謝すらしている。なまえがこうして生きているのは浅草の連中のおかげというわけだ。しかしなまえは、俺が怒ると思っていたらしい。十二年前、しかも意味もわからずした約束なんかに何故怒らなければならないのかわからない。迂闊すぎるとか、軽率すぎるとか、あの時のなまえを知っていれば怒る気も起きない。

「リヒトくんとはデートすると怒るのに」
「そりゃお前が悪いと思ってねェからだろ」
「えっ、そういう分類なんです……?」

ふう、と息を吐いて言い聞かせる。

「例えばだが」
「はい」
「それでノコノコ簪を受け取って来たら怒った」

向こう側の意図を知って尚受け取ったら俺的には浮気だ。

「深い意味はないなんて言葉を真に受けて、じゃあ貰うだけなら、とか言って手元に置いていやがったら怒った」

新門紅丸の気持ちを理解した上でモノに罪はないなんて慈悲を見せるのも、俺的には看過できない。

「お前はどっちもしてねェ。どう控えめに見ても俺を一番に据えて行動してるじゃねェか。どこで怒れってんだ」
「出会い頭でキスしちゃったのは?」
「新門紅丸にはいつかどこかで復讐する。お前は気にすんな。忘れろ」
「……」

なまえは何年経っても変わらない澄んだ目を丸くして潤ませて、はあっ、と大きく息を吐いた。体から力が抜けて、俺にもたれかかる。

「そっか。よかったあ……」
「怒ってなくて?」
「ううん、信じてもらえて」

……なまえの髪から、嗅いだことのない甘い香りがする。湧き上がる欲を誤魔化す為に、ベッドの上に置きっぱなしになっていたドライヤーを掴んだ。

「しょうがねえ。久しぶりに髪乾かしてやるよ」



ドライヤーの風を当てながら細い髪に指を通す。なまえは上機嫌に揺れている。
大体の様子はリヒトから聞いているものの、本人の口からも聞いておきたくて喋らせる。

「消防官は楽しいか?」
「楽しいです、みんな優しい」
「そりゃよかったな」
「朝はシスターと一緒に祈ったりとか、大隊長に教会の端の方の土地貰って花育てたりしてるんです。だからあの辺りの土地は私のなんですよ、地主です」
「ほー、思ったより大事にされてんだな」
「ですよ。シンラさんとかアーサーさんはなぜかお菓子くれます。飴とか」
「ハッ、妹扱いじゃねェか!」
「機械いじり教えてくれる人とか料理教えてくれる人もいます」
「あんまり妙なもんにハマるんじゃねェぞ」
「あと女の子と遊ぶ楽しさに目覚めそうになったりだとか」
「そんなに違うか?」
「違いますよ……、こう……、華やかさ……? 果てしなくかわいい感じ……? ジョーカーやリヒトくんじゃ絶対出ない系の……」
「そうかい。それなら俺も一回遊んでみるかな」
「だっ!!!? ……わ、ん、くう……、返しの難しい冗談ですね……」
「冗談以前に、女同士だから面白いって話じゃねえのか」
「ああ、そうでした……」
「くくっ、友達ができてよかったな」
「はい。で、リヒトくんは相変わらずお兄ちゃんしてます」
「天才様は頼りになるだろ」
「なります。困ったらリヒトくんです」
「でも今回のは、リヒトじゃ足らなかったか」

ドライヤーの電源をぱちんと落とす。
あたたかい風が止んだ。
俺の足の間に座るなまえはそっと俺を振り返って、寂しそうに笑う。

「ほんとは、いっつも、足りてないですよ」

毎日のように熱を分け合って眠ったのに。日々の小さな発見をその日の内に共有したのに。ハハハ、と余裕なフリをして笑って見せるが、上機嫌で舞い上がっているのはなまえだけではない。

「俺もだ」

ぎゅ、と抱きしめてやると、いつもより力強く背中に手が回った。「ジョーカー」はあ、と熱っぽい息を吐き出しながら、なまえが言う。「キス、していいですか」少し離れている間に可愛い事を言うようになったじゃねえか。「ああ」と了承しながら、なまえをベッドに寝かせて、俺もそのなまえに覆い被さるようにしながら倒れ込み、指を絡める。この程度の繋がりでは足りないから、唇を合わせる。

「んっ、」

俺からも、「は、」と熱い息が漏れる。二度三度と角度を変えて触れるだけのキスをして顔を離すと、炎を水晶体に閉じ込めたような、なまえの燃える瞳と目が合った。なまえのこの目には、何度だってどきりとする。今日のは特に扇情的だ。

「はあ……っ、じょーかー?」
「んー?」

物欲しそうに見上げる視線に参ってしまう。これ以上は、少しまずい。キスと目線とだけで体の下の方に熱が集まっていくのに、「もう、一回」などと強請られては堪らなくなる。「……、あんまり煽ると食っちまうぞ」望み通りキスはしてやったが、俺は俺で、これは、久しぶりに会ったせいもあるだろう。硬くなりつつあるのがなまえにバレてしまいそうで体を離す。クソッ。本当は、もっと普通に甘やかしてやりたいのだが。俺の方にもあまり余裕が。「ジョーカー、」空気を読まず、いいや、あるいは空気を読んで? なまえは俺に向かって両腕を差し出しあろうことかとんでもない誘惑をかます。

「今日は、離れちゃいやだ」

今日は一体なんだってんだ!? こいつさては相当寂しかったな? しかし、これ以上はいくら鋼の理性があったとしても無理だ。完全に俺の予想を超えてきている。キスくらいはするつもりだったが、まさかこんなに熱烈に求められると思っていない。これ以上続ければどうなるのかわかっているのか。いつだか誰かがお前にしたみたいに、その小さな腹の中にぶち込んで、気の済むまで打ちつけて、剥き出しの欲望を吐き出すことになる。そんなのこいつだって今は望んでいないはずで「お前なあ……、本当にっ……!?」脅して冷静にさせようと声のトーンを落とすと、するりと足で硬くなったものを撫でられた。人の気も知らねェで……!

「ジョーカーさえ嫌じゃなかったら、あれ、しよう」
「……あれ?」

いいや、もしかして。
全部わかって、やっているのか?

「あの、わ、たし、」

なまえの言う、あれ、とは。
ギリギリ残った理性で考えるが、駄目だ、なまえの勢いが止まらねェ。

「声、抑えるの、得意だから、っ、ん」

気付いてやるのが遅くなって悪かった。
心の底から愛してやるから、安心してくれ。


今度は、何一つ隠すことなくなまえに覆いかぶさった。


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20191214:しゃーない

 

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