010/紅丸


私は浅草に泊まらずに、毎日リヒトくんのところへ帰ってきている。今のところ再会の時のキスほどの衝撃はないが、新門大隊長には度々圧をかけられていた。
とりあえず、修行初日、きらっきらに磨かれた簪を差し出されて「深い意味はねェ」などと言うが、騙されてはいけない、意味などなくとも、『そう言った』『そうした』ことは残ってしまう。こちら側が理解していなかったとしても、適当な行動は面倒な結果しか招かないのだと、最近身をもって学んだ。
「意味がなくても、受け取れませんよ」と言うと新門大隊長は踵を返して舌打ちをしていた。なんて人だ……。
……もちろん、用意された簪に何も思わないわけではないが、軽率に受け取ったとして幸せになる人間は一人もいない。

「紅じゃ駄目なのか?」

剣術修行の合間、紺炉さんはさらりと私にそう聞いた。

「えっ」
「ああいや、無理やりくっつけようってわけじゃねェよ。紅はお前さんに相当惚れてる。この前は勢い余って噛み付いちまったが、嫌がることは絶対しねえ。加えて浅草を背負って歩けるでっけえ男だ。相手として、悪くはねえと思うんだが。好みじゃねえかい?」

ゴリ押しだ。私は小さくなりながらお茶を啜って「好みとかはわかりませんけど」と返す。適当にしてはいけない。胸のアクセサリーに触れると、ちゃり、と金色のチェーンが弛む。

「好きな人がいるので、そういうのは駄目です」
「そいつァ、そんなにイイ男なのか」

彼の言うイイ男の像と一致するかはわからないけど。呼んでくれる声は優しくて、触れてくる手はいつもあたたかい。

「私にとっては、誰よりも」
「……そうかい」

紺炉さんは残念そうに長く息を吐いて、私の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。「なら、俺がこれ以上とやかく言うのは野暮ってもんだな」諦めるように説得して欲しいけれど、そんなことは頼めない。「優しく振ってやってくれや」と言われてしまった。そんな高等テクニック、私にあるとは思えない。

「諦めてくれますかね」
「ん? いやあ、それは無理だろうな。何せ十二年間も冷めなかった初恋だ。簪も見たろ? 振るにしたって生半可な覚悟じゃ絆されちまうぞ」
「うっ……、私が適当に返事したばっかりに……」
「それは、どうだろうなあ……。仮に返事なんざしてなくても同じだったと思うが……」
「……」

かもしれない。どの道当時の私には、向けられている感情が敵意や嫌悪でないこと以外わからなかったのだから。
はあ、と息を吐く私に追い打ちをかけるように名前が呼ばれた。

「なまえ」
「!」
「若。あいつらは休憩ですかい?」
「ああ」
「ならなんか飲みもんでも持ってってやるか」
「そうしてやってくれ」

紺炉さんが立つのと同時に立ち上がろうとしたのに、紺炉さんに、肩を押さえられて立てなかった。その隙に、新門大隊長がするりと私の隣に座る。えっ、な、なに今の連携……。

「……若に協力しねェとは一言も言ってないぜ」

席を立つタイミングを殺された。二人きりにならないと言うのは、案外難しい……。



新門大隊長からの視線があまりに痛かった。そして鬼のような質問攻め。色々聞かれた。好きな色とか食べ物とか、誕生日とか歳だとか。ひとつ答える度に新門大隊長は噛み締めるように間を開けてまたひとつ質問する。そして隙あらば私の手に簪を握らせようとしてくるのであまりぼうっともできない。
剣術修行より断然しんどかった。
特に根掘り葉掘り聞かれたのは、

「好みの男のタイプは」

というやつだ。

「いや、特に」
「その好いてる男はどんなだ」
「どん……、いや、どんなって言われても」
「背は」
「背は高いですよ」
「俺よりもか」
「うーん、 頭一つくらい高いですかね……」
「…………。それで?」
「そ、それで………? あとは、歳上、で……」
「………………。それから? 体付きはどうだ」
「私より鍛えてましたから、筋肉はめちゃくちゃついてましたよ」
「よし、なまえ」
「はい?」
「俺のも見せてやろうか」
「い、いやいやっ、なんでですかっ、結構です」
「あ? 結婚?」
「言ってねえです」

思わず、帰ってきてから一時間リヒトくんの部屋の隅に引きこもって不貞寝した。気を付けないと二人きりにならないことすら難しい。
けれど明日は作戦決行の日、しばらく浅草に行くこともないだろう。安心したらいいのか明日に向けて緊張したらいいのか、人間は案外忙しく生きているんだなあ。それでもシャワーを浴びるとちょっとはマシになるのは、新発見だ。
髪を軽く拭きながら自分の部屋の前でピタリと止まる。

「?」

部屋の中に気配を感じる。そして、微かに、煙草の匂い、が……。

「!?」

えっ、あれっ、なんで。
私は思わず扉にピタリと両手と額を付けて考える。聞いてない。会えるのは明日の作戦の後になりそうってリヒトくんは言った。
顔が熱いし、心臓がうるさい。どくどく言ってて治まらない。……いま、へんな顔してる気がする。
手がなかなかドアノブにかからなくって困っていたけど、部屋の中から勝手に空いたから解決した。

「お前は自分の部屋の前でなにしてんだ」

見られたらもちろんまずい。ジョーカーは私を私の部屋に引っ張り込んで手早くドアを閉めて、鍵をかけた。

「さっさと入ってこっち来い」

私は込み上げるものを抑えきれずに、今までで一番勢いよくジョーカーの胸に飛び込んだ。煙草の匂いが、こんなにも懐かしい。


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20191213:感情が波

 

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