黒猫と噂話/黒野


「みょうじさんは猫が好きらしい」

とは、その辺の弱いやつが話していた情報だ。どの程度信用に足るのかわからないが、ただ付き纏うだけでは伸び悩んでいた男と女としての関係がすこしでも進展を見せるのではと愚かしくもその情報を鵜呑みにして、適当な猫を探す日々がはじまった。

「……」

はじまったのだが、三日目にして俺はどうやらあまり動物に好かれる質では無いことに気がついた。
とんでもなく逃げられる。
目が合っただけで脱兎(猫だが)のごとく逃げられる。なぜこんなに逃げられるのかさっぱり分からないくらいに、一目散だ。
何も取って食おうという訳では無い。ちょっと首根っこを捕まえて、なまえの前に持っていき、俺の事を全力で避けるなまえが、自ら俺に近づくところを見たいだけだ。
猫作戦はもう諦めた方がいいかもしれないと息を吐く。

「!」

すると、大変に目つきの悪い黒猫と目が合った。その猫はふてぶてしくもふん、と鼻を鳴らしたあと悠々と歩き出した。あいつなら捕まえられるかもしれない。そっと後をつけると、角を曲がったところで運命と出会った。

「げ……」

運命はその顔に似合わずそんな短い嫌悪感をこちらに向けたがいつものことだから気にする必要は無い。それよりも。

「社内で猫の餌付けか? みょうじさん」
「……」
「最近全然昼休みに捕まえられないと思ったら毎日ここに居たのか、みょうじさん」
「……」

返事がない。彼女の照れ隠しにも俺はすっかり慣れている。数歩近付くが、やはり猫は逃げない。ちらりとこちらに一瞥をくれて、なまえの白くて細い手のひらに擦り寄って、ざらついた舌をなまえの指に這わせている。

「その猫は、逃げないんだな」
「え?」

ぴく、と俺の方を見たなまえの様子がいつもと違う。そんな反応をされると逆に戸惑うのだが。
なまえは俺と猫とを交互に見て、ひょい、と猫を抱き上げた。猫は、俺に差し出される。どちらかというと猫でない方が欲しいのだが。

「? 猫を触りたいんじゃないの」
「いや。俺は、どちらかと言わずともみょうじさんに触りたいんだが」
「猫を触った方が有意義だと思うよ。ほら、はい、持って」

押し付けられるまま猫を持つ。指先が毛の中に埋もれる。たしかに柔らかいが、そうではない。こっちの柔らかい方ではなくて。

「あ」

猫は、数秒俺の胸の中にいたが、すっかり飽きてしまった様子で、直ぐに降りてどこかへ行ってしまった。

「あーあ、行っちゃった」

なまえは残念そうにそう言った後、俺を見て、ふ、と可笑しそうに笑った。
……笑った。これは幻覚ではない。それどころか、普段避けられ続けているのが嘘のようになまえの手がこちらにのび、スーツについてしまった猫の毛を摘む。

「ははは、これはちゃんと取らないとみっともないね」

俺はなまえの笑顔をじっと見下ろして、それが許されるならばと俺もなまえについた猫の毛を取ってやろうと太ももの辺りに手を伸ばし、「なにすんだ、やめろ」……。猫を介さなければまあ、こんなものだ。
「好きだ、結婚しよう」と自棄になって伝えると、「あ?」と取り付く島もない。
昼にどこにいるのかわかっただけ、よしとするか。きっと恋とは、このように発展するものだ。


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20191210:文字書きワードパレット、2.クルナーラ「猫 息 埋もれる」を黒野指定で月見さんから頂きました!ありがとうございます!

 

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