折れて曲がって飛び越えて05


「ええ? 私がですか……」
「この前の酒の礼を持って行ってもらえればそれだけいいんだが」

まあ、持って行くだけなら、と承諾した。菓子折りと帝国のお酒がいくつか。紅に会うと面倒だ。紺さんにささっと渡して帰ってこればいいか、と第八の消防協会を出た。



簡単なおつかいのはず、だったのだが、第七の詰所に行くまでにありとあらゆる町民に掴まり、声をかけられ、予定の時間より大分遅くなってしまった。第七の詰所に入れてもらうと、紺さんがすぐに出て来てくれる。

「紺さん。こんにちは。これ、この前のお酒のお礼だそうで」
「おお、悪いな」
「ではこれで」
「待て待て。ここまで一人で来たのか? 若は?」
「紅? 会いませんでしたけど」
「おかしいな。遅いからっつって迎えに行ったんだが。茶でも出すからゆっくり待ってみたらどうだい?」

紅、か。
先日の浅草襲撃の際、十パーセント程意思の疎通が計れた気がしないでもないが、それでも面倒なことに変わりはない。ただでさえ素直じゃあないのに、私には憎まれ口も十倍になって向けられる。
今、会いたいかと言われたら。

「ああー、いいですいいです、毒しか吐かないし帰ります」
「ま、まあまあ、今日は若もなまえが来るってわかってるからよ」
「本当にいいですよお気使いなく」

詰所の玄関でぐちゃぐちゃやっている内に、一つの足音が近付いてくる。がら、と扉が空けられて後ろに立たれる。逃げ場がない。

「あ、若。ほら、なまえとは入れ違いになっちまってたみたいですねえ」
「……」

私は振り返って「こんにちは、新門大隊長」と挨拶をした。この呼ばれ方がどうにも気に入らないようで、彼はぐ、と眉間に皺を寄せた後「ああ」と短く返事をした。ったく挨拶もできないのかと思わないではないが、大方いつも通りだ。じゃあ私はこれで、と紅の横をすり抜けて帰りたい気持ちを、十秒だけ抑え込んでみる。
九秒目で、ぽつり、と。

「……茶くらい飲んでったらどうだ」
「! ほらほら、若もこう言ってんだ。一杯くらい付き合いな」

今の立場は、第八からの使いと、第七の大隊長。気を使って休憩していけ、と言ってくれているのを無碍にするのも角が立つ、か。

「……じゃあ、一杯だけ」

紺さんはいそいそとお茶を用意してくれて、そして早々に私と紅を二人だけにしてどこかへ行ってしまった。



ほらこうなる。
私は沈黙が流れる縁側で、ぼうっと浅草の空を眺めながら流れる雲を見送っていた。

「……」
「……」

居心地が悪い、ということもないが、やはり、どうにも面倒くさい。別に私と関係を改善する必要などないのではないか。私はちらりと時計を見る。三十分は付き合ってみるかと決めたので、もうあと十分程で帰る。
はあ、とため息を吐くと、紅が、浅草襲撃の際出していた声の五百分の一くらいの音量で言った。

「悪かった」

悪かった。
これは謝罪の言葉だ。
……思い出すのは、第七にはいらねえ、と言われた他に、料理に文句を付けられたこと、格好に文句を付けられたこと、顔を貶されたこと体型をバカにされたこと……。

「どれです?」

ぐ、と紅は口を噤んで、一分後にまたぼそりと言った。

「…………全部だ」

なんっっっって適当な謝り方だろう……。あまりにへなちょこな謝り方に文句の一つでも投げつけてやろうかと思うのだが、これ以上拗れても面倒だしと私は溜息を吐いた。全部ね。全部。はいはい。どれのことだかさっぱりわからないけれど、全部に対して悪かった、と今、紅丸はそういう謝罪をしたらしかった。
謝ってしまってやや勢いが付いたのか紅は続ける。

「浅草に、帰って来い」

これはおそらく、紺さんとも打ち合わせしてあった言葉なのだろう。引き戻すなら今しかないとか、そういう言い方をされて、紅もそうだと思ったのだろう。私がじっと黙っていると、紅は恐々と言った風にこちらを見た。「怒ってんのか」そりゃあ、怒ったこともあったし、今、怒ってみてもいいけれど……。はあ。

「別に怒ってないよ。本心で言ってないことくらい、わかってた」

私はなんてできた大人なのだろうと自分を褒めてあげたくなる。帰りにケーキ食べて帰ろう。
とは言え、私がいくら寛容な大人であったとしても、曲げられないことはある。

「でも、いらないって言った。し、今は第八のみょうじなまえだから、浅草には戻らないよ」
「……だろうな」

私が今、心の底から居たいと思っている場所は第八だ。第七ではない。
私はひょいと立ち上がる、今日の所はこれで満足だろう。

「でも、第七と第八は友達だから。必要なら手伝うくらいはする」
「そうか」

詰所の出入り口まで紅が音もなくついてきて、会話もないまま向かい合う。「じゃあ、これで失礼します」と言って詰所を出ると、数十メートル歩いたところで、すぱあん、と勢いよく扉が開けられる音がした。振り向くと、紅と、紺さん、ヒナタヒカゲの四人が居た。「た、」紅が叫ぶ。

「たまには遊びに来い!」
「たまにね」

まったく、しょうがない幼馴染だ。


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20191208:和解度二割くらい

 

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