ときめくとも言う・前/紅丸


とにかく男として意識されてないのは致命的だ、と紺炉は言い、紅丸は紺炉の言葉をおとなしく聞いていた。
紺炉は力説した。なまえが第七を気に入っているのは間違いない。浅草も、浅草の人間も、第七も、もちろん若のことも好きには違いない。だがどうやらなまえには欲というものがない。自分が年頃の女であることなんてどうでもいいみたいな振る舞いだ。ヒカゲやヒナタに何を言われても何をされても怒らないし、少々の無茶をなんとも思わず、無能力者のくせに平気で自分が傷つく方を選ぶ。唯一本を読んでいる時はそんな周囲のことを忘れているようだが、それだけだ。それ以外はほぼほぼ他の為に立ち回っている。……そんななまえが何故若の気持ちに気付かないかはわからないが、冷静に考えてみれば気付かないわけがない。つまり、自分が若の恋人になる、なんて可能性は零であると決めつけてるってわけだ。だから。

(意識させれば、事態は変わるはず、か……)

紺炉らしい言い分を反芻しながら、なまえの横に音もなく座る。先日はうたた寝をしていたらしいが、今日はいつも通りに真剣に本を読んでいる。今日のはレシピ本のようだ。第七や浅草に尽くす為の技術の研鑽に余念がない。来たばかりの頃は人の名前を覚えることすら覚束なかったと言うのに、いつの間にか大工仕事や木材の種類などにも詳しくなった。町人からは頼られる一方だ。
知識は主に本から吸収しているのだろうが、本だけでは理解できないことは教わりに行っているから効率よく努力している。近寄りがたい、非の打ちどころがない女であるように見えて、近くで生活してみると、驚くほどに隙だらけだ。
今日は、邪魔をしてしまうのも覚悟で、本能のまま、なまえに手を伸ばす。

(意識、)

相手にそうさせるためにどうするべきか、は、自分がどうであったかをまず考える。紅丸も当然そのようにした。してみたのだが、考えれば考える程、こちらは一目見た瞬間から気になっていたし、飾らない表情を見てしまった時にはもう引けなくなってしまっていた。
指の影がなまえに登る。目のあたり、紅丸の影が先に届く。

「   」

ぱ、となまえが紅丸の方に気付いて目を丸くする。「若……?」意識の外から突然手を伸ばされて驚いた様子だったが、隣にいるのが紅丸とわかると緊張して上がった肩を元の位置に戻す。紅丸は紅丸で、触れる前に気付かれるとは思っておらず手は空中で止まってしまった。

「すいません、気付かなくて。用事でしたか」
「……」

ここで手を引っ込めたら、また紺炉に「いい加減にしろよ若!」と嘆かれる。いい加減にしてほしいのはこちらで、いつも大概鬱陶しい。だから、今日は、このままでは終わらせない。手をそのまま前に出し、なまえの頭の上にぽんと乗せた。なまえがまた驚いてびくりと震える。

「わ、え、あの、ええっと……」

ぐるぐると頭を撫でまわし、そのうちぱっと手を離す。
なまえは照れるでもなく喜ぶでもなく、ただただ戸惑っている様子だ。(男として意識させるってそもそもどういうことだ)もしかしなくても何も伝わってはいない。なまえはおずおずと紅丸の様子を伺っている。

「あの、若」
「なんだ。文句なら受け付けねェぞ」
「……文句っていうか、文句はありませんけれど……、私なにかしましたっけ」

何かしたかと言われればなまえはとんでもないことをしているわけだが。それをそのまま伝えることはできない。困らせたい訳ではないし、追いつめたいわけでもない。紅丸は真っすぐになまえを見据えて言う。まずは意識してもらわねェと、紺炉の言葉が再生されている。「俺が」

「そうしたかっただけだ」

いつもなら無言で立ち去るところを、数歩進んだ。だと言うのになまえは『頭を撫でられた』ことをそのままの意味で受け取り、何かわからないが褒められたと思ったらしい。「ありがとうございます、若」とやはり裏も表もないような笑顔で言った後「若の手はあったかいですねえ」などと、火鉢やあるいは犬猫で暖を取った時と同じような顔で言い放った。


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20191016:緊急作戦会議開いて…
ligamentさまからお題お借りしました。お題【天真爛漫】)


 

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