「無茶を言うんじゃない」

何が無茶なものか、と龍水は言うが、どう見ても無茶だ。彼が私を構っている間、どこに出しても恥ずかしくない、素晴らしいスタイルの女の子たち(水着)が龍水を呼んでいるので更に肩身が狭い。自慢じゃないか私の胸もおしりも、彼女らのサイズを平に均してそれの半分もない。学校ならば赤点である。それをわざわざ衆目に晒すなどとんでもない事だ。私は水着の上にしっかり着込んだラッシュガードを強く握った。

「見てみろ、この青い海を! こんな場所でそんな格好でいるなど無粋だとは思わんのか」
「思わない」
「いいから脱げ」
「女の子に脱げって言うのは無粋じゃないのかね龍水くん」

服を引っ張られたので、その手を振り払って龍水を睨む。龍水が怯んで、手から力が抜けた。その隙に捕まらないよう距離をとる。

「嫌だって言ってる」
「……そうか。勝手にしろ」

する。私はそう宣言して、フランソワのところにでも行こうと歩き出した。知らない土地で一人になるのもやや怖い。それにしてもだ。「ずっるいな。あんな顔するの」怒っているような言葉を、泣きそうな声で言うのである。勝手にするとも。だから、どうか龍水も私のことは気にしないで、楽しんで欲しい。



全てわかっている。なまえが何を考えているかとか、なまえが今どう思っているかもわかっている。下手に連れ戻しに行くのは逆効果で、意地になってしまったのは俺の方である。別にほかと同じようにする必要は無い。飲み物を持ってやってきたフランソワに、落ち着きがなく尋ねてしまう。

「なまえはどうしている?」
「向こうで現地の子供たちと遊んでいますよ。なまえ様が無心で精巧な砂の城を作り上げたので尊敬されています」

言われて、フランソワが示すほうを見れば、確かになまえが子供たちに囲まれて、笑いながら砂をいじっている。ほかの観光客も、何事かと造形物を眺めていく。全く。なんて奴だ。切り替えがはやすぎる。もっと落ち込むとか、一人で寂しそうにしてくれれば俺が迎えに行けるものを。子供たちの目はキラキラしていて、あの輪からなまえを取り上げれば、悪者は間違いなく俺である。連れ戻すことは出来ないし、帰ってくる気配もない。

「あそこにいるやつらに、まとめてなにか作ってやれ」
「承知致しました」

別に。あんなに強く言う必要は無かった。なまえはなにもかもを拒否した訳では無い。実際ここまではついてきたし、一応水着にも着替えたのだ。ただ、本当にしたくないことを、やりたくないと言っただけ。一緒に遊ぶのを断られた訳では無い。
格好のことなど「まあいい」と流せていれば、きっと。落ち着かない様子であっても、すぐ隣にいてくれたはずなのだ。

「が、あいつもあいつだ。自分を貶めるようなことを言うのも悪い。そんなもの俺が許さんとわかっているだろうに」

遜色ない、というか、それぞれ違うのだから、気にする必要が無い。が、それもまた俺の考えであり、なまえはそうは思えないのだろう。ならば無理強いはしない。遠くで子供と遊ぶなまえを見る。俺の事などすっかり忘れて楽しそうにしている。本当に楽しそうだ。俺抜きで。

「混ざりに行くか……?」

なまえから来ることはきっとないので、こちらから行く必要がある。あまりにも熱い視線を投げていたから、なまえはこちらに気がついた。ぱち、と視線が合う。が、なまえはすぐにふいと俺から視線を外して、砂で作ったキリンに模様を入れる作業に戻った。砂のキリンが出来上がると大きな波が来て、なまえのつくりあげた動物園を一瞬で壊した。なまえはそれらを静かに見つめる。泣きそうな笑顔だ。
思わず思考が停止した。ぞくりと、形容しがたいなにか凶暴な感情が体を支配し、なまえから目を逸らせなくなる。
ああ、息を飲むほど美しい。
自覚がないのが厄介で、自分を狙う様々な目に気が付かない。無防備な基準で子供ならば大丈夫だとか、俺の身内であれば大丈夫だとか。特別好かれていることに気付きもせずに、勝手になにもかも終わった気になっている。俺を世界一の欲しがりだと知っているくせに、なまえは俺への好意をちっとも俺へ寄越さない。
そして俺は、今日もなまえへの好意をなまえに見せつけることに失敗している。夕食時には顔を合わせるだろうが、なまえはどんな顔をして俺の前で食事をするのだろうか。せっかくの泊まりがけの旅行を、無駄にしたくはない。できることなら、関係が発展したらいいと思う。気分が良ければそういう気持ちにもなりやすいと、打算があった訳だ。
海も船も好きなあいつは、この旅行を楽しんでくれるはずだという確信もあった。つまるところ。

「……喜ぶ顔が見たかっただけだ」

というわけでしかないのだが、そう、直接言うのはやはり、ずるいだろうか。言えばきっと、優しいなまえは、困った顔をするのだろう。俺がなまえにして欲しかったことを言っても、あいつは俺にして欲しいことを、言わないのだろう。


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20210728:続く
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