「遊びに来てやったぞ!」

何年経っても変わらないな、と思いながら「いきなり来るんじゃない」私自身もいつものセリフを口にした。家に入れると龍水は、よりいっそう何も無くなった私の部屋を見回した。

「貴様の家はやはりなにもないな!」
「どこの家もそう変わらないでしょうが。今は」
「フゥン。そんな気様に調度品のプレゼントだ!」

有無を言わさず机の上に花瓶が置かれた。どうやら手作りらしい花瓶と、摘んできたばかりの生花が数本。この選択肢は以前の彼にはなかっただろう。かかっているのは手間だけで、とてもじゃないが、いらないと突き返すことはできない。

「……考える時間は相当にあったからな。捨てられるものなら、邪魔にはならんはずだ。しかもこれは、全く金がかかっていないときた。これなら、これならば」
「お金がかからないってことは、時間がかかるってことなんだよ。たいていの場合はね」

そして時間は、この世界では何より大切だ。特に龍水は、その存在に価値を見出されて責任のある立場にいる。それをこっそり喜んで、フランソワと二人で飲んだことは記憶に新しい。

「迷惑か」
「勿体ないって話だよ。嬉しいけれど。時間だって、龍水は、龍水の為に使ったほうがいい」

本当に、勿体ないと私は思う。別にわざわざ贈り物をしなくとも、彼が一言「やってくれ」と言いさえしたら手伝うのに。彼の欲しいものは、そういうものではないらしい。近いが、違うものらしい。

「俺は、なまえ。貴様と同じ時間を過ごしたい。なまえの時間が、欲しい」
「前よりずっと、同じ時間を過ごしてる」
「わかっていてはぐらかしているだろう」
「それはね。たぶん駄目だ」
「それを決めるのは俺のはずだ」
「いいや、私は、君の時間をただ奪う私を許せない」

思えば矛盾した発言だ。なんでもするだろう。しかしそれだけは許せないだろう。いくら龍水やフランソワ、周りのみんなが許しても、私自身が『それ』を心から望むことは出来ないのだ。
龍水は、無言で私を見下ろして「貴様は、いつもそうだな」と唇を噛む。私は考える。最も良い形とはなんだろう。彼にとっての、私にとっての最も幸いなことは、交わる点があるのだろうか。交わったとしても、それはきっと一瞬のことではないだろうか。
私はそっとイスを引いてそこに座るように促した。「お茶を」

「お茶を栽培してるんだよね。最近じゃフランソワにも卸してるんだけど。飲んでいく? 先に断っておくと気の利いたお菓子なんかはないよ」
「……いいのか。そんなことを言うと居座るぞ。俺は」
「ほどほどで帰りなさいね。みんな待ってる」

みんなの中にいる彼を見るのは好きだ。時に適切に、時に大袈裟なくらい得意げに声を上げ、びっくりするくらい思慮深く笑う。そういう彼を見るのが好きだ。フランソワもきっと同じ気持ちだろう。それを支えるためなら、なんでもする、そういう覚悟は昔からある。どういう形であれ、私は七海龍水の背を押したい。
龍水は、私の気持ちを汲んでくれたのか、ひとつため息をついた。

「貴様は俺に厳しいのか甘いのかわからん」
「いや、どっちにもなりきれなくて申し訳ない。ついね。小さい頃の姿がちらついて」

よしよし、頭を撫でると龍水に手首を掴まれた。

「俺は、絶対に、諦めん」

彼のために、あるいは私のために、どういう努力をするべきなのだろうか。全知全能の誰かが教えてくれたら、全力でそれをしてみせるのだけれど。私は彼をやんわり拒否し続けているけれど、残念なことに、これが正しい自信もない。

「諦めろ、なんて一言も言ってないよ。なんたって私もどうしたらいいかわからないし」
「フゥン、今に見ていろ! 貴様が喉から手が出る程欲しい色男になってやるぜ!」

バシィン、と強く強く指を打って、夏の空のように笑っていた。そうだなあ。考える余地なんかないくらい、溺れさせてくれたなら、もしかしたら。私は。


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20210721
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