「遊びに来てやったぞ!」

半端な時間に鳴ったインターホンだった。その時点で大体誰が来たのかわかっていたので「いきなり来るんじゃない」とは言いながらも中へ通した。ふとアパートの向かいの道路を見ると、フランソワがぺこりと頭を下げていた。そんな風に雑に任されても困るのだが、仕方がないので任されて、ひらひらと手を振った。適当に迎えに来てくれればいい。

「貴様の家は相変わらずなにもないな」
「君の家と比べられたら大抵の家はなにもない」
「よし! 今度なにか調度品の五つ六つ」
「多いわ」

「多いし、いらない。お金は自分の為に使いなさい」年下の子どもに調度品などプレゼントされてたまるか、と、言うよりは、『プレゼントを渡す』ことに慣れられたらこの家は足の踏み場もなくなるだろう。「フゥン、そうか」わかりやすく悲しそうではないが、確実に私の言葉に勢いを削がれていた。だが、次の瞬間には自分の腹の音を聞いてばっとこちらを見た。

「腹が減ったな!」
「皆まで言うな――、パスタでいいかね」
「ああ、欲しい!」
「よし、じゃあお手伝いなさい龍水くん」

「と言ってもパスタを茹でるだけなんだけど」私はタッパーに冷凍保存してあるソースをいくつか見せる。残っているのは三種類だ。龍水に好きなのを選ばせると「全部だ!」と目を輝かせながら言った。全部混ぜるわけにはいかないから、パスタの量を調節して三つの皿に盛っておく。
ミートソースと、ほうれんそうの入ったクリームソース、大葉の入った和風ソース、いや、これ喧嘩しないか? 大葉を後に回さなければなんとかなるだろうか。電子レンジで温めながら、飲み物を用意する。麦茶か水しかない。今日は熱いし、あたたかい飲み物は微妙だろう。

「龍水、麦茶でいい?」
「はっはー! パイナップルの匂いがするやつか!!」
「残念。今日のは普通の麦茶」
「それもよかろう!」

バシィンと派手な音を立てて、彼は手際よく三つの皿に茹でたパスタを盛った。やり方は、前回だ前々回だか、見ていて覚えたのだろう。手慣れたものである。「あとはやるよ」龍水を座らせると目の前にご所望のものを三つならべた。彼が普段食べているものとは比べるべくもないだろうが、大変に満足そうに食べていた。私達庶民も、カップ麺と店のラーメンを真剣に比べたりはしない。それぞれがそれぞれに良いものだ。龍水は、そういう感覚で楽しんでいるのだろう、と、私は考える。
しっかりと両手を合わせて「美味かった」と頭をさげる。「お粗末様でした」私がすぐに片付けをはじめると龍水はぴたりと私の隣に立った。いつの間にか身長が抜かされている。

「なまえ」
「今度はどうしたのかね」
「礼がしたい」

真剣な瞳がこちらを見下ろしている。「今度、俺と二人で――」続く言葉は買い物か食事かわからないが、そういうお金のかかることを私にしてくれる必要はない。何度も言っているのに、隙あらば私みたいなものにお金を使おうとするのだから。

「じゃあ、使った食器を片付ける手伝いと、作り置きやるからそれの手伝い」

すかさず、シンクと冷蔵庫を指差すと、彼は泣きそうな顔で言葉を飲み込んだ。悪いな、と思う。「……お安い御用だ」私が申し訳ないと思っていることも彼は知っているのかもしれない、すぐに切り替えてがちゃがちゃと洗い物をはじめた。これも、私がやっているのを見て覚えたのだろう。器用な子だ。つい昔からの癖で頭を撫でたくなったが、直前で踏みとどまった。何事もなかったみたいに手を引っ込めて、洗い物を続ける。

「なまえ」
「はいはい」
「さっき冷蔵庫の中を見たんだが」
「……」
「デザートがあるだろう? 違うか?」
「大丈夫ちゃんと出すから。後でね。あとフランソワにもお土産」
「フランソワにもか」
「フランソワにでも、まあ、三日くらいはもつから、龍水が食べてもいい」
「食べてもいいのか」
「こんなもので、君の足しになるならね」

龍水は泡立ったスポンジを見ながら「そうか」と言った。彼が事前に連絡もなく家に遊びに来る時は、大抵家でなにかあったか、何か言われたか、そういう時だ。私の家に来ることが気晴らしになっているのかどうか、私にはわからないが、とにかく突然やってきて、腹が減っただとか喉が渇いただとか、流行りのゲームについて知りたいだとか。数時間一緒に遊ぶと、フランソワが迎えに来て帰っていく。
私はいつも、なにがあったかどうか聞くべきか否か迷い、結局何も聞かないでいる。龍水がこちらを見ている気配を感じて「どうした?」と聞くが、こんな雑な聞き方では彼は「なんでもない」としか言わない。随分いろいろな笑顔ができるようになったものだな、と思っていると、龍水は急ににやりと笑う。「さっきのパスタだが――」

「クリームソースがダマになっていたな!」
「それは大吉。超ラッキー。次は気を付けます」
「はっはー! 貴様は結構迂闊だからな」

それはその通りだ。そうでなければこんなことにはなっていない。


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20210709
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