「なんだスイカ。いいものを持っているな?」

屋敷の前を通りがかったスイカは焼き菓子を齧っており、俺が声をかけると嬉しそうに笑った。「これ、すっごく美味しいんだよ!」話を聞けばそれは、なまえが作ったものらしい。よく見れば形成がやや甘いので、フランソワでは無いことはすぐにわかったが。

「そうか、なまえが配っているのか」
「龍水も貰いに行くんだよ?」
「ああ。情報感謝するぞ、スイカ」

なまえを作ったものを食べるのは久しぶりだ。俺が引っ張っていってやらなければクリスマスにもバレンタインにも興味が無いなまえは、気が向いた時にしかそういうものを作らない。文明があった時でさえその有様なのだから、石の世界では尚更レアだ。

「はっはー! なまえ!」
「なんか元気だねいつにも増して……」
「なまえ!」
「はい」
「甘い匂いがするな」

それとなく水を向けるが、なまえは「えっ?」と首を傾げたあと、すんすんと自分の匂いを嗅いでいた。そして、「ああ」と顔を上げる。

「今朝クッキー焼いたからじゃない? そんなに匂う?」
「いや、微かにわかる程度だが」
「それならよかった」
「……なまえ?」
「なに?」

まだ仕事があるのだろう。今にも「じゃあ」と言って歩き出しそうななまえをじっと見つめた。

「……」
「……え、なに?」

鈍感め。そんなことだから何年も俺の気持ちに気が付かないのである。俺も現状を楽しんでいる節があるとは言え、あまりにもひどい。一番付き合いの長い幼なじみがこんなにもわかりやすく菓子を貰いに訪れたというのに!

「俺にはないのか?」

思っていたよりいじけた声が出て、俺もなまえも驚いていた。なまえはここでようやく俺が何をしに来たのか気付く。気付くが目的のものが彼女の懐から出てこないところを見ると、もう手元にはないのかもしれない。

「全部配っちゃった」

予想通りだった。「ちっちゃい子たちのところに持ってったら好評で」俺は紙幣を束で取り出し深く頷く。

「フゥン。つまり、買い戻してくるしかないわけだな」
「やめなさい。今度作った時にはちゃんと持ってくるから」
「いいや駄目だ!俺は今欲しい!何より俺だけないのが耐えられん!」
「子供に配っただけだから龍水だけじゃ」
「それでも欲しい!」

「落ち着いてくれ頼むから」となまえに腕を押えられているがなまえの力では俺は止められない。「止めるななまえ、事は一刻を争う」が、腕を掴まれているのは美味しいのでそのままずるずるとなまえを引きずっていく。そこに、ふらりと現れた男が「やってるねえ」と声をかけてきた。そして大変なことを言う。

「あっ、なまえちゃんさっきはクッキーありがと〜美味しかったよ、ジーマーで」

なまえがぴしりと固まるのがわかる。今度は俺がなまえの体を掴んで揺さぶる。

「なぜ嘘をついた!? ゲンも貰っているじゃないか!」
「だって子供らと一緒にいたから」
「えっ、なになに? 修羅場? 俺、逃げた方がいい?」
「ゲンちょっとたすけて」
「来るなゲン。これは俺たちの問題だ」
「ええ〜? なにこれドイヒー」

言いながらも、ゲンは近付いてきた。なまえが子供たちにクッキーを配った時点でこうなることを予期していたらしく、懐から二枚だけ残ったクッキーを取りだした。

「これで一件落着、ってね」

なまえは安堵したが、俺は釈然としなかった。


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20210704
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