「おい」
鬱陶しそうな千空の声にハッとした。私の指は勝手に彼の石化あとをなぞっていた。しまった。またやってしまった。
「ごめん、つい」
「ついじゃねーわ、触るなら視界に入り込まねえように触りやがれ」
触られること自体は構わないらしい。が、作業中に触られたら誰だって気が散る。同じことをしてしまう前に千空から離れた。私は、どうにも石化から復活した時にできる黒い線が気になるようで(何故気になるかはわからない。とにかく気になる)気が付くと人のヒビを指でなぞっている。
杠には「あはは、くすぐったいよう」と逃げられ、龍水には「フゥン、そんなに気になるなら同じものを描いてやろうか?」と同じものを描かれた。フランソワには「お気に召しましたか?」と笑われて、そろそろ本当にまずい。見境が無さすぎる。
「どうしたものだろう?」
「え〜……?そんなに色んな人に手、出してたの? エッチだなあもう……」
ゲンに相談すると、呆れたような困ったような笑顔でかくりと頭を揺らした。右側の長く残してある彼の髪がさらりと揺れる。髪の先を目で追っていたら、左目の下の線が気になりだした。ゆっくりと手が上がる。触れる瞬間、触ってはいけないんだったと気がついてピタリと止まる。
「……触ってくんないの?」
「普通、嫌でしょ、ベタベタ触られたら」
「みんな嫌そうじゃないけどね〜」
「続いたら絶対嫌だって」
だからむやみやたらと触れないようにしたい。何か良い方法はないだろうか。私が聞くと、ゲンは自分のヒビをなぞりながら「そうだねえ」と息を吐いた。
「なまえちゃん、手貸して?」
「はい」
差し出した右手はゲンに導かれて、彼の頬にぴたりとくっつく。親指が、さり、と彼の目の下のヒビに触れた。これに一体どういう意味があるのだろう。ゲンのやることをじっと見つめていると彼はニコリと笑顔を作った。
「触っていいよ」
「触らないようにしたいのに?」
「無意識にやってることはね、意識的にやるといいのよ。時間を決めたりしてとにかく意識的にやる。そうすると脳が「あ、これは無意識でやってることじゃないな」って思ってね。制御しやすくなるって実験データがあるの」
「へえ〜」
そういう訳ならと遠慮なくヒビに指を滑らせるが、思ったよりも顔が近付く。ゲンのは顔にあるから当然だ。なんというかもっと、フランソワとか龍水とか、手にヒビがある人に協力してもらう方が良いような気がしてきた。
「ゲン、あの」
「ああいいのいいの! 俺、なまえちゃんに触ってもらえて嬉しいし」
「えっ」
私の言いたいことなどすっかり先回りして、遠慮せずやってくれとばかりに私の手にゲンの手が重なる。
「明日もしようね、なまえちゃん」
一刻も早く癖をなんとかしなければ、べつの何かが始まってしまうかもしれない。
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20210714