あのあたりだけ雰囲気が違う。この船、というより科学王国の主要人物が集まっていた。遠巻きに見ている限りでは重要な話をしている風ではなく、たまたま揃ったので他愛のない話をしているように見える。用があってもあの集団の話に割り込んでいくのは気合がいる。私は、見知った、というより子供の頃から見ているので見慣れ過ぎた顔がその中心であることをこっそり誇らしく思い、邪魔をするのも悪いので気付かれる前に視線を外した。
今日はこれから掃除をして洗濯をして、順調に終わればフランソワの手伝いをしよう。ざっくりとした予定を立てながら歩いていると「なまえ!」と、船中に聞こえる声で名前を呼ばれた。
「声がでかすぎる」と文句を言ったこともあったが、もうすっかり慣れてしまった。周りも気にする様子はない。スイカちゃんは驚いたのかびくりと震えていた。可哀そうに。そして、羽京くんは若干迷惑そうに笑っている。やっぱり加減させる必要があるかもしれない。私だけは諦めてはいけない。

「声が大きすぎる。――なに?」
「はっはー! 元気そうだな! 顔色もいい!」
「私は大抵元気だよ」
「それもそうか」

この男は大抵楽しそうに笑っている。今日も例に漏れず愉快そうに笑って、私の額に唇を寄せた。船の上。隣で金狼くんが資材をばらばらと取り落す。杠ちゃんは手のひらで顔を覆ったように見えたが、指の隙間からこちらを見ている。この男は!

「龍水」
「ん? なんだその顔は。折角の美人が台無しだぜ」
「龍水」
「そうか、なまえもやりたかったか!? 屈んでやるから好きな場所にするといい!」
「七海龍水」

一音ずつ区切って言いながら、龍水の胸ぐらを掴んでがくがくと揺する。千空くんは飽きているし、ほどなくクロムくんもそれに続く。スイカちゃん以外の女性陣はにやにやしながらこちらを見ている気配がある。どうするんだ。この微妙な空気を。
いくら龍水を揺すっても起きてしまったことはどうにもならない。私は溜息を吐いて龍水を解放した。

「フゥン、もう終わりか」
「もう終わり。ほら、船長も行った行った。自分の仕事に戻らないと」
「……」

龍水は立ち上がり、ゆっくり体を起こす。その途中、私と高さが同じになったところで、今度は頬に(唇が狙われていた気がするが避けた。避けなければ唇だった)、キスをされる。狙いがずれたからか不満そうにしていたが、その内、いつも通りの笑顔に戻った。まだ珍しそうにこちらを見ている船員がいるが、三日もしたら飽きるに違いない。

「……もう一度屈まなくていいか?」
「まだ言うか」

うっかりしていると私まで恥ずかしいことを言ってしまったり、してしまったりしそうで、仕方なく片手をあげた。ハイタッチの構えだ。これで勘弁してほしい。幼い頃から何度もした挨拶である。「仕方がないか」龍水は呟いて、ゆっくり手をあげる。ふいと勢いをつけて振った私の手をわざわざ避け、私の体をぎゅう、と数秒間抱きしめた。行き場のなくなった私の手は空をかく。私から体を離すと龍水は、上機嫌に自分の仕事に戻っていく。私は、龍水の唇が触れた場所を指でなぞった。
ああ、私達はただの幼馴染ではなくなったんだなあ。


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20210626
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