赤く、鮮烈に染まる教室は雰囲気があって、つい、入るのを躊躇った。机や椅子の影が長く伸びて混ざり合い、向こうは光で、こちらは闇。丁度私の足先のあたりまで光が差し込んでいる。窓へ視線を滑らせると、光の中で一人、自分の席で本を読んでいる男の子がいる。
何をしても(いや、スポーツはあまり得意ではないようだが)よくよく絵になる彼は、ふと私の姿に気付いてぎょっとした。

「いるならいるって言いやがれ!めちゃめちゃビビったじゃねーか!」

夕日は似合う。けれど、このシチュエーションは誰よりも似合わない。私は今日、彼、千空くんに呼び出されて教室に戻ってきた。いつもならば部活が終われば直帰である。

「ごめん、綺麗だと思ったら声掛けられなくて」
「あ? ……そういうのはいいからこっちこい。話があんだよ。そう言ったろ」

こっちに来いはいいが、教室は広くてどこにでも立てる。迷ったが、千空くんの前の席に座った。彼は読んでいた本を閉じて私の顔をただ見ている。唇を尖らせていたが、その内、短く息を吸い込んだ。挑むように眼を光らせる。彼の顔をこんなに近くで、まじまじと見たのははじめてだ。瞳は夕焼けの色をしているのだとはじめて知った。千空くんが口を開く。前置きは一切なし。何の話かはこの一言ですぐにわかる。

「好きだ」

放課後の教室に呼び出して告白、なんて、彼にはあまりに似合わない。私は他人事のようにその言葉を聞いていたが、何度もシミュレーションしたらしいこの瞬間を迎え、緊張した様子で私の反応を待つ彼を見て、徐々に現実感を取り戻していく。

「頭じゃわかってんだが気になってしょうがねえ。こうなりゃさっさと伝えてフラれるなりなんなりした方が百億パーセント合理的だ」

私はまだ何も言っていないのに。彼は全部諦めたように目を細める。寂しそうな笑顔だ。

「バッサリ諦めがつくような返事だとおありがてえが」
「まるで、恋人にはなりたくないみたいな言い方だね」

そもそも、好きになったことも不本意で、事故のようなものだと言っているように聞こえる。一体千空くんは何を考えているのか。わからないな、と思っていると、千空くんは目を丸くして「それはつまり」顔が赤い。耳も、なんなら首まで赤い。

「……お前は、俺と恋人になれんのか」

告白としては最悪だが、恋心をさっさと手放してしまいたいばかりではないとわかってしまった。こんな顔もするのかと目を離せないでいると「相手は、俺だぞ」などと言うので肩から力が抜けてしまった。

「えーっと」

突然目の前にぽんと百億円を置かれた気分だ。どこをどうみても魅力的なそれを、私は、拾ってもいいし、無視してもいい。私は、百億円くんが本当はどうされたいと思っているのか、わかりようがない。ただ、百億円を拾った場合に起こりそうなことを想像することは出来た。そういう意味の「俺だぞ」だろう。彼は千空くんだ。笑うしかなくて肩をすくめる。

「選択肢を全部投げられるとは思わなくて」
「しかたねーだろ。お前がどうしたいか、現状さっぱりわからねえ」

千空くんの告白を受けて、どうしたいか。

「千空くんは、本当のところどうなったらいいと思うの」

手に負えなくなったらしい気持ちがどうにかなればそれでいい。そんな答えを予想したが、千空くんはやや前のめりになって言った。

「俺の理想を言ってもいいのか」

叩き売りするように差し出された気持ちだったが、彼は自分が思っているよりその気持ちを大切にしている。さぐり合うような会話に返事をくれるのが何よりの証拠だ。「さっさと振りゃあいいだろうが」くらい投げやりなら、まだ、やりやすかったのだが。

「君は、思ったよりずるい男の子だ」

私はやはり笑うしかない。
今朝、彼は私に「話がある。部活が終わったあとで教室に来い」と言った。「それは今では駄目?」早く帰りたいが為に、無神経にそう聞いた。千空くんはさらりと答える。「告白だからな。返事次第じゃ今日一日学業に支障が出まくるわ」ちなみに周りに人はいた。すぐ近くに居たのは彼と仲が良い二人だったはず。彼があまり学校の授業を真面目に受けているところを見たことがないが、思えばこの時から彼はずるくて勝手であった。私の方に支障が出るのは構わないのか。

「例えば私が、千空くん程の人からの告白を蹴るのが惜しくて、大して好きでもないのに付き合うって言い出す展開についてはどう思う?」
「そう言ってくる時点でその展開はねえよ。つかなんだそりゃ」
「保留にされるのは?」
「保留にすんなら期間を決めて保留にしやがれ。分単位だ」
「じゃあとりあえず五分」

「わかった」千空くんは頷いて、きゅっと口を閉じた。校舎の外、グラウンドの方ではまだ運動部が活動しているらしい。掛け声が規則的に聞こえてくる。それ以外の音は聞こえない。窓から入り込む太陽の光を、机が柔らかく反射していた。お互いの息遣いが聞こえそうな距離で、私は目の前で私からの言葉を待つ男の子を見つめた。赤く鋭い瞳は、いつも、私には想像できないような、なにか大きなものを捕えている。彼の進もうとしている道は明るくて、油断をすると見えなくなりそうだ。置いて行かれる、とさえ思う。こんなにもすごい男の子が、私などのせいでどうこうなるとは思えない。が、私からの視線が相当気恥ずかしかったのか、千空くんの顔はさっきよりも赤くなっている。「思春期男子の反応見て遊ぶんじゃねえわ」そんな意地悪はしていないつもりだが。

「ジャスト五分だ」

千空くんはきっと、振られるならそれはそれでいいし、付き合うのならそれはそれでいいと思っている。どちらでもいいのだろう。最終的に自分を納得させて、コントロールできるようになるのならいい。千空くんがそう来るのなら、私も考えることは一つだ。私は千空くんの告白に、何と答えたら後で後悔しないだろうか。「三十二秒オーバーしてんぞ」私と千空くん以外の音が一層遠くなった。

「千空くんさえよければ、千空くんのことをたくさん教えて欲しい」

全てを受け入れることも、全てを捨てることもできない。よく知らなかったという理由だけで振るには、千空くんという人は魅力的すぎる。仲良くなれたら面白そうだと思ったことだってある。私はひどい選択をしたのかもしれないが、こんなことでもなければ、仲間に入れて欲しいなんて言えるわけがない。「……」また、見たことがない顔で黙り込んでいる。

「えっ、ごめん」
「いや、そういうことがあり得るのかっつう、驚いてるだけだ」

あり得るはずだ。告白に対して「友達からお願いします」なんていうのは、ありがちなことではないか。千空くんは大きな手のひらで自分の顎のあたりに触れてしきりに首を傾げている。「なまえ」

「それは、実質俺の勝ちなんじゃねーのか」

この場合の勝ち負けとは。千空くんにとって都合の良い結論に辿り着きそう、ということだろうか。「実質勝ち?」「あー……」わからなくて聞き返すと、彼はすっと目を細める。諦めたような笑顔だが、今度のは寂しそうではない。

「知ってっか。人間には情ってもんが備わってんだ」
「ああ、あの、厄介なやつ」
「てめーが言うんじゃねー」

振り回されてんのは、俺の方だわ。
遅くなる前に帰ろうと二人で校舎を出ていくと、彼の友達二人に涙目で「おめでとう」と言われた。「ありがとう」とも言われた気がする。千空くんは特に否定せず。「泣くな鬱陶しい」と上機嫌だった。
これは確かに時間の問題かもしれない。実質、千空くんが勝つまで、あとどれくらいだろうか。


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20210720
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