通学路や廊下ですれ違うと、必ず挨拶をするようになった。今日は、廊下で会った。私は部室から教室に戻るところで、千空くんは今登校してきたらしかった。お互いに気付くと軽く手を上げる。

「よう」
「おはよう」

前までは挨拶などしなかったのだが、友達になるとやはり違う。こんなに近くに立って、自然に教室まで一緒に歩くようになるとは。千空くんは私の無遠慮な視線(であるらしい。私は気にしていなかったのだが、目の前の人間を観察するみたいに見ているそうだ。千空くんも、彼の友達二人にも言われた)に耐えかねて「だから見すぎだ」と言われてしまった。

「いや、千空くんが隣にいるなと思って」
「何当たり前のこと言ってんだ。ちゃんと正面見てろ転ぶぞ」
「うん」

私が前を向くと、前を見て歩けと言った千空くんが横を見ている気配を感じた。こっちには私しかいないはずだが。視線が擽ったくて千空くんがいる方の髪を触る。これは意識的になされていることなのか無意識のことなのか。私が目を離したのを良いことに、視線が外れる気配がない。
千空くんは『自由にしている』ということが得意らしくて、ずっと話しをしていることも、ずっと黙っていることも苦ではないようだ。だから、このまま放っておいたら、視線が外れることは無いだろう。なにか適当に話でもしてみようと口を開く。「千空くん」

「今日、朝何食べた?」
「あ? 適当なパン」
「昨日の夜は?」
「焼き魚と米と味噌汁」
「その前は?」
「ラーメン」
「ラーメン!」

なんだか千空くんとラーメンはよく会う気がして思わず手を打った。声のトーンもあがったので、千空くんはびくりと身体を震わせて驚いていた。怪訝そうに見つめてくる千空くんも、私を観察しているように見えるが、これはいいのだろうか。

「……今、なんでテンション上がった?」
「いやごめんねびっくりさせて、ついうっかり」
「どういううっかりだよなまえてめー……」
「でもいいね、ラーメン。食べたいね」

千空くんはすっかり呆れて息を吐く。どういうラーメンを食べたのか聞こうと口を開くと、千空くんは私から視線を外した。彼は深刻そうにじっと地面を見つめている。

「……行くか? ラーメン」
「みんなで? 私も一緒に行っていいの?」
「あ? 今の文脈でどうしてそうなんだ」
「うん?」
「てめーのそれは天然なのかわざとなのかどっちだ」

千空くんは呆れたようなため息をついてから、私に告白をした時みたいな顔をしてじっとこちらを見る。が、なにかに思い至ったようで片眉をあげて、顎に手を添えて考え込み始めてしまった。ぶつぶつと一人で喋っている。「いや待て」「はじめて行く場所がラーメン屋ってのは」「杠先生の出番だな」千空くんは「いや、いい」とキッパリ言った。

「大樹も杠も、なんにも気にしねーよ。むしろアホみたく喜ぶ」
「みんなで行くってこと?」
「ああ、そうだ」
「二人じゃなくていいの?」

千空くんは転んだ。ずるりと足を滑らせてひっくり返っている。「このっ」すぐにがばりと起き上がるが、勢いがあったのはそこまでで「お前な……」廊下の真ん中であぐらをかいて、頭をがくりと落としている。行き交う生徒たちが何事かと振り返る。

「わかってんならわかんねーふりすんじゃねえ」
「いや、だって文脈がどうのって」
「あいつらも誘うって言い出した時点で気づかなかったふりしやがれ」
「千空くん結構無茶苦茶言うね」
「てめーが言うな」

手を差し出すと、千空くんは私の手を掴んでくれたのでぐっと引き起こす。そうしてまた二人で教室へと歩いていく。

「千空くんは自分が思ってるより、ちゃんと彼氏が出来ると思うよ」
「そりゃおありがてえ高評価だな畜生」

てめーにだけだ。しかも、脳がバグってる間だけの期間限定商品ときたもんだ。彼はヤケクソ気味にひゃひゃひゃと高笑いをするのだが「どうかな」彼に限って恋をして恋人になった人を、そう簡単に手放すだろうか。するような気もするし、しないような気もする。ふと、隣を歩く千空くんと手がぶつかった。ぱっと引いたが、千空くんの手はすごくあつくて。

「こっち見んじゃねえ」

見上げた彼は真っ赤だった。怒られるのは嫌なので言わないが、千空くんは思ったよりも面白い男の子だ。


-----------
20210723
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -