言うべきではない、と思っていた。言ってはならない、とも。それから、万が一悟られるような事があってもならないし、できるなら、自分の中だけに留めておくべきものだ。
「なあ、」
夜子、と、名前を呼ぶ。
たったそれだけの事で、夜子のことを呼んでやったのだと言うたったそれだけの事で、胸の中が燃え上がる。頭が焼けそうに熱い。
夜子はと言えば、なにがなんだかわからないという様子でこちらを見上げている。細い手足に、丸い瞳が俺だけを見ている。いま、こいつの視界に、思考に住んでいるのは俺一人だ。堪らなく気分が良くて夜子の体に触れたくなる。
「た、が、み……?」
怒ればいいのに怒りはしなくて、抵抗したらいいのに大人しくしている。そんなふうに受け入れられたらとうとう収まりが付かなくなってくる。こんな目に遭っても、こんな想いをしても、まだそんなに優しい目を俺に向けられるのなら、これはもうきっと確定事項だ。
ぎり、と、右腕を引くと夜子にくい込む鎖が更にきつくなる。夜子は苦しそうにしているけれど、俺を見上げるのをやめないまま。
俺は夜子と目を合わせたまま近付いて、頬についた血をペロリと舐めた。夜子の膝にまたがって、右手で壁に押し付けて、左手は、逃げられないように夜子の横についておく。
夜子を丸ごと飲み込むように教えてやった。
こんな目に遭うことになった理由だ。
「好きだ」
なにもかも、耐えられなくなるくらいに。
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20190408:「桜でも、一緒にどうか」と、それだけだった