獄都事変 | ナノ


2019年バレンタインを巡る九つの戦い/田噛  




イベント事には参加できないこともあるけれど、今回のバレンタインは13日と14日、どちらもどうにか館に顔を出せそうだった。重い仕事は任されなかったし、迅速に終えれば夕方頃には帰って来れそうだ。
私はみんなに配るための菓子を用意する為に買い出しに出かける。のだが。先程からずーっと犬のリードでも持つみたいに、田噛が、私の外套の端を掴んでついてきている。

「ただのお菓子の材料の買い出しだから、眠かったら、帰っていいんだよ? 大した荷物にもならないし、なってもある程度なら平気だし……」
「菓子って、バレンタインのか?」
「そうだよ」
「他にもあるんじゃねーの……」
「他?」
「他」
「他……? いや、特務室のみんなにしか渡す予定ないけど……」
「そうじゃねえよ」

田噛は俯き気味で視線を地面に落としている。制帽のせいで表情がわからないが、彼も例に漏れず様子がおかしい。バレンタインに、他の誰かにチョコを渡すかどうか? という意味ではなかっただろうか。ひょっとして噂というのはバレンタインに私が特務室以外の誰かにチョコを渡すらしいとかそういう根も葉もないタイプのやつだろうか。

「田噛、って言うか、平腹以外のみんなだけれど……」
「……」
「どうしたの?」
「……あー……、どうもしない」
「いやいや、そんなことないよね……?」
「……先輩」
「ん?」
「やっぱ帰る」
「あぁ……、そう? んん……、でも、ええ?」

私はとぼとぼと歩く田噛の背中を見送った。話したくないなら仕方ない。無理やり聞くようなことでもないだろう。様子が心配ではあるが、何を弁解するべきかわからない。
誰にも気付かれないようにため息をつく。声が僅かに聞こえた気がした。

「俺達は多分、あれが本当なら、きっと、おかしくなる」


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20190310:おかしくなった話とか書きたくないわけじゃない。

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