獄都事変 | ナノ


一輪の花を君へ08 / 谷裂  




少しだけ亡者に手こずった。
結果、かなり遅い時間に食堂へ向かうことになる。
不思議なことにまだ、明かりがついていて、ほんのりと良い匂いがしていた。
キリカもあやこも帰っているはずだが……、いや、こんな時間から、わざわざ作ってまで晩飯を食べる者など限られていた。
その中から、ひとりを想像する。

「あれ、お疲れ様です。谷裂先輩も今から晩御飯ですか」

予想は的中であった。

「ああ」
「そうですね、いくら遅くなっても食事は大切です」

夜子はうんうん、と頷くとおもむろに席を立つ。

「……なんだ?」
「実はキリカさんに頼んで、残しておいてもらったおかずがあるんです。足りないかと思ってご飯も炊いたらひとりじゃ食べきれなくて……、チャーハンにでもするので食べて頂けませんか?」
「ああ、頼む」
「はい!」

ぐ、と拳を握って谷裂の方へ向ける。
来たばかりの頃は挨拶もしどろもどろであったが、これが夜子の素なのだと感じる。
本当は気さくで人懐っこく、それでいて好奇心旺盛な女だった。
一つ困るのは、夜子があまりにも自然で、佐疫とはまた違う穏やかさでもって周りに接するものだから、彼女の隣は居心地が良くて仕方が無いと言う点だ。
程なく油の爆ぜる音が聞こえて、想像するに、さぞ手早くチャーハンを作っているのだろう。
おかずをまとめて温めたのだろうか、レンジの音が妙に間抜けで少し面白かった。

「谷裂先輩! 飲み物はどうしますか?」
「……そのくらいは自分でやれる」

つい浸ってしまってぼうっとしていたが、夜子の声に、谷裂も立ち上がって台所の奥へと向かう。
中華鍋をあおる夜子の姿は、獄卒というより料理人そのものだった。
夜子は何故か、何をやっても大体様になっている。
しかし、ふと、夜子の細い手首に視線が落ちる。
中華鍋の中には結構な量の米が入っているが、夜子は簡単に振り回している。
最近筋力トレーニングを見ているが、そうでなくとも、(谷裂を一撃で沈めるまでとは行かなくとも)まあそれなりに力はあるように見える。見えるのに、どこに筋肉がついているのかさっぱりわからない細さをしている。
手合わせした時も骨にヒビを入れていたようだし、もしかしたら、自分たちよりも体が弱いのかも知れない。
女という特性上仕方が無いのだろうか。
それにしたって、ひどく細い。

「あの、谷裂先輩」
「なんだ」
「危ないので、私の手首から手を離して頂けませんか」
「っ!? 」

無意識に、夜子の手首を掴んでいた。
夜子は困った様に笑っていたが、谷裂はばっと手を離して居心地が悪そうに視線を逸らした。
一体いつから夜子の手首に触れていたのだろう。
完全に、無意識だった。
それにしても、やっぱり、細すぎる。

「谷裂先輩? ……あ! もしかして中華鍋の振り方はこうじゃないですか? 勉強したつもりだったんですが……」

こうですか? と中華鍋の振り方を試行錯誤し始める夜子に、谷裂はふう、とため息を吐く。
ただ、それは勘違いではあるものの、その転換はありがたかった。

「そういうことではない」
「そう、でしたか?」
「ああ。邪魔をして悪かった」
「そんな、邪魔だなんてことはありませんでしたけど……」

ならばなぜ、と、夜子は少し怪訝な顔をしたが、ひとつ謝られたことで、これ以上言及されたくない可能性に行き着いて、「大丈夫ならいいんです」と笑った。
何事もなかったかのように料理を続けて、だいぶ山盛りのチャーハンが皿に盛られた。
卵も焦げていないようだし、谷裂はこっそり、こいつはどこを目指しているんだと思うが、その間にもテキパキと谷裂の食事の準備を進める夜子に我に返る。
夜子だって、こんな時間に食事をとっているのだから、任務帰りには違いないのだ。
先輩だからと当然のように夜子に全てを任せるのも、何やら情けないことのように思えて、声をかける。
ほとんど、夜子が準備を終えているが。

「お前は」
「はい?」

冷蔵庫を開ける、飲み物はいろいろとあった。その一角に木舌のアルコール類がみっちりと詰められているのを見てしまい思わずいらだちが湧き上がるが、今は見なかったことにして続ける。

「何か飲むか」
「あ、ありがとうございます! えーっと、あ、谷裂先輩と同じものでお願いします……!」

その言葉に胸がざわついた理由は、わからない。

「……わかった」

夜子は先にテーブルへ戻り、料理を並べている。
先に準備を終えて椅子に座ると、程なく、なぜか先ほど棚から出したコップではなく、ジョッキを二つ持ってきた谷裂に、一瞬、言葉を失う。
中には、何やら白い液体が入れられている。
二つある。
谷裂は夜子に何を飲むか聞いたが、夜子が谷裂と同じものを、と言った。
つまり、その片方は夜子のものだろう。
だからこれは駄目押しだった。

「飲め」

どん、と夜子の正面に、飲み物の色で真っ白になっているジョッキが置かれる。
夜子はそろりと谷裂の方をみると、もうその液体を半分ほど飲みくだしていた。飲めるものではあるということがわかったが、それは安心感には繋がらない。

「あの、谷裂先輩。これは、一体……?」
「プロテインだが」
「ぷろていん」

ああ、聞いたことはある。
体を鍛えるのにそんなものを用いたことはなかったのだけれど、夜子は記憶を総動員してそれについての知識を呼び起こすが、いまいち有力な情報は出てこない。やはり、飲んだ記憶はない。。

「……」

手間が増えると面倒だろう、という気持ちと、同じものを頼んだら谷裂のことをもう少し理解することができるのではとああ言った。
言ってしまったものは仕方がない。
ジョッキはさすがに多すぎるとか、そういう類の泣き言は好まれないに違いない。
谷裂に習って、一気に半分ほど飲み干す。
なお、この間あまり、夜子の表情は変わっていない。

「効率の良い、筋力のつけ方を、考えているんですね……」
「お前は違うのか」
「これの存在は知っていましたけど、飲んだのは、はじめてです」

うまい、とは言えないが、飲めなくはない。大丈夫だ、と夜子はプロテイン相手に小さく頷いた。
谷裂はそんな様子の夜子はじっと眺めていたが、夜子の考えていることは相変わらずにわからなかった。
ただ、なんだか、その様子にひどく安堵するとともに、相変わらず細い手足、体に目がいってしまう。
獄卒は死んだりしない。
だが。
夜子の足や手が折れたり血を流したりするのは。

「この後、トレーニングでもするか」
「え」

これにはさすがに、夜子もぎょっとして視線を彷徨わせる。

「い、え、あの、明日は早くから閻魔庁の方へ、斬島先輩と行くことに、なっている、ので……」

同僚の名前に、今度は、じり、と焼けるような痛みを覚えたことに、どうにか気付かないフリをした。

「斬島と?」

ただそのフリは、完璧ではなかったようで、夜子は体を小さくして言った。

「は、い」
「そうか。ならお前はもっと食っておけ」
「? いえ、もう食事は……。谷裂先輩が食べてくださったらいいですよ」
「いいから食え。うまいぞ」
「あ、その感想はとても嬉しいんですが、いや、本当にもう」
「俺の飯が食えない、と?」
「……プロテインもありますし」
「……」

紫色の眼光が夜子に刺さる。
これは一体なんなのか。
深夜の食堂で、なぜ自分は自分の作ったチャーハンに首を絞められるような状態になっているのか。
夜子には皆目見当もつかないが、ここにはたった2人しかいない。
自分がどうにかしなかったら、無理やりチャーハンを口にねじ込まれることになりかねない。
そんな気合だけ、伝わっていた。

「えーっと、も、もしかして量が多かったですか? そしたら私おにぎりにして明日の朝にでも斬島先輩とわけるので」

これには、思い切り眉間にシワを寄せている。
何かを言えば言うほどに谷裂の機嫌が悪くなる様子に、夜子はどうにもならなくてただ焦っていた。
普段は、もう少しコミュニケーションが取れているのだが。

「なぜそうなる」
「いえその、なぜそうなる……? あの、谷裂先輩こそ、今日はどうされたんですか? いつもは、そんなこと……」
「……」

そんなことは、自分が聞きたい谷裂であった。

「……そうだな、少し疲れているようだ」
「そうです、か……? あ、それなら……」

夜子はぱたぱたと走り出し、食堂を出て行ったと思ったらすぐに戻ってきた。
手に、なにかが握られている。

「……夜中だぞ、あまり走るな」
「アッ、すいません……」

一瞬、妙な沈黙が流れるが、夜子は一つ咳払いをして手を広げる。
飴玉がいくつか顔を出す。

「甘いものをどうぞ!」
「いつもこんなに持ち歩いているのか?」
「喉の調子が悪い時にもいいですから、なかなか実用的な甘味ですよ」

得意気に話をする夜子が、つい面白くて、ふ、と笑ってしまう。
その様子に夜子は幾分か安堵したらしく、ほっと胸をなでおろしてリラックスした様子でふわりと笑う。

「ありがたく貰っておくとしよう」
「はい! いつも持ってますから欲しくなったらまた声かけてください!」
「ああ。片付けは俺がしておいてやるから、さっさとそれを飲みきって寝ろ」
「あ………」
「なんだ?」
「なんでもないです、頂きます……」

谷裂は満足気であったが、夜子は、今後谷裂と同じものを頼むのはやめておこうと心に誓った。


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20161003:再生するけど壊されるのは嫌だし、壊すなら自分がいいとさらりと思えるのが獄卒のみんな?

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