「「あっ」」
佐疫と廊下でばったり会ったから、私はひとまず挨拶をした。
「おはよう」
「あ、えっと、はい、おはようございます」
「でさ」
「はい」
「聞きたいことがあるんだけれど」
私が言うと佐疫の顔からさっと血の気が引いて行った。我々ただでさえ健康的とは言えない顔色なのに。もしかして体調でも悪いのか?
「……大丈夫?」
「も、もちろん、大丈夫ですよ。それでえっと、聞きたいことでしたっけ」
「そうそう。バレンタイン」
「っ」
私がその単語を口にすると直ぐに佐疫は両手を耳に押し当てて音声情報をシャットアウト。……しておきながら数秒後私に恐る恐る「どうぞ、俺、ちゃんと聞いてますから」などと言っていた。どこからどう突っ込むのが正解か、私にはわかりかねる。
「いや、聞こえてないよねそれ」
「え? なんですか?」
「思いっきり耳塞いでるじゃん……」
「塞いでません。聞こえてます」
「嘘じゃん唇読んでるだけじゃん……」
「夜子先輩」
ただならぬ気迫を感じて顔を上げる。泣きそうに、水色の瞳に涙を溜めていた。え。私何か泣かせるようなことしたか? 強いていえばバレンタインと言ったけど、もしかして、バレンタインに何か因縁が……?「ほ、ほんとに大丈夫? 大丈夫じゃなくない?」「先輩……っ!」私の言葉に、佐疫は、くっと顔ごと逸らしながら言う。
「ごめんなさい、俺にはやっぱり無理ですっ……!」
走り去っていく姿を、ただ眺めていた。
「まって、なんで」と声をかける暇さえ与えられなかった。
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20190231:バレンタイン遅刻前提企画ですいません