獄都事変 | ナノ


一輪の花を君へ07 / 田噛  




荷物を受け取った。
なかなかに大きな段ボールで、細くて長い。
思ったよりも重量がある。
夜子はどうにか宛名のシールを見つけると、そこに、田噛、と書かれているのを見つけた。
田噛先輩、夜子は小さく呟いて、とりあえず自室に持っていこうかと持ち上げたのだが、丁度、階段から田噛が降りてきた。

「あ、先輩。荷物来てましたよ。用事があるなら部屋まで運んでおきますけど……」
「あー、部屋まで運んだらゴミ捨てんのが面倒だろ」
「それもそうですね……、なら、ゴミだけ回収していきましょうか?」

そうしてもらえたなら確かに有難いのだが、田噛はそれを夜子に頼まなかった。
なにか言おうと開いた口は一度閉じられ無言のまま俯いた。少しの間思案して、そして、ぴ、と夜子の抱える段ボールを指さした。
夜子は、おとなしく待っていた。

「それ、あけてもいいぜ」

今度は夜子が少し考える。
それはつまり。

「……私がこれ、あけちゃっていいんですか?」
「ああ」

田噛はこくりと頷いた。
包装を破ることすら面倒なのだろうか。
面倒臭がりの彼のことなので、まあある話かとテープを剥がしていく。

「めんどくせえな、武器使えよ」
「いいですか?」
「お前は中身を傷付けたらちゃんと弁償する奴だから大丈夫だ」
「あはは、確かに、田噛先輩にはあまり損失がありませんね」
「ああ。多少そいつを堪能出来る日が遅れる程度だな」

どこからとも無く、するりとナイフを取り出すと、手際良くテープを切っていく。
ゴミは捨てやすいようにまとめられて、だんだんと包装が剥がされる。
中に入っていたのは、大きめの座椅子のようだ。
触れてみるとふかふかとしていて、天気の良い昼にでも風通しの良い場所で、これの上でうたた寝をしたら、さぞ気持ちがいいだろう。

「わあ」
「いいだろ?」
「はい。えーっと、じゃあわたしはゴミを捨ててきますね」
「そんなのは後でいいだろ」
「あ、先にこれを運びましょうか」
「ちょっと座れ」

すと、と夜子はその場に膝を付く。
床である。

「そうじゃねえよ……」

田噛は、ゴミを申し訳程度に壁側に寄せて、きききき、と座椅子の角度を調整する。
早速座ってみるのだろうか。
夜子が見ていると、「ん」と田噛は座椅子を叩いた。

「え、わたしが先に座っちゃってもいいんですか?」
「いいから早くしろ。俺は眠い」
「は、はい」

眠いことと、自分がここに座ること。
一体何がどう繋がるのかまったくわからなかった夜子だが、その椅子の座り心地の良さに、一瞬それら全てがどうでもよくなる。

「どうだ?」
「とてもいいですね……!! 私も買いたいです、なんてお店の商品ですか……」
「お前には必要ねえよ」
「んー、確かに、この間買ったばかりの獄卒をダメにするソファがありますからね……」
「マジか、今度座らせろ」
「どうぞどうぞ、いつでも座ってやってください」

会話は噛み合ったり噛み合わなかったりしながらも進んでいく。

「で、だ、夜子」
「はい」
「手当の礼の件、覚えてるか」
「もちろんです」
「ならいい。いいか、そのまま動くなよ」
「? はい」

ずい、と田噛は夜子に近付いて、座椅子に座った夜子の腹のあたりに顔を埋める。
腕は無理やり夜子の後ろに回されて、田噛は満足気に「よし」と言った。

「田噛先輩、これは一体……?」
「お前の時間を寄越せ」
「それ、お礼になっていますか? それにその体制どうなんですか……?」
「おい。手は俺の背中か頭に乗せろ」
「あ、はい」

好き勝手にだらだらとする田噛の言う通りに背中に手を置いて数秒。どうしたものかと困っていると、田噛の寝息が聞こえてきた。
疲れていた、のか、いつもこうなのかはわからないが、どの道夜子はこの場所から移動することは出来なくなってしまったわけである。
傍らには段ボール。
新しい布の匂いがする。
それから微かに、田噛の匂い。

「……」

周囲を見回す。
今は誰も居ないようだが、この姿。
何故か座椅子との間に夜子を挟んで田噛が昼寝をしている。
そしてここは玄関先だ。
来客があったらまずいし、ほかの獄卒に見られても、あまりいいことは起こらない気がしていた。

「えっ!?」
「え?」

案の定、である。
通りかかった佐疫は、信じられないものを見た、と言う風にこちらを見て、何度か目を擦った。
幻覚ではない。

「夜子……、どうしたの?」
「こんにちは、佐疫先輩。どうしたと言うか、田噛先輩が寝ていますね……」
「俺が聞きたいのはなんで夜子までそんなことになってるのかって話なんだけど……」
「それはうまく話せるかわからないんですが……」

言いつつも、どうにか今の状態について説明した夜子は、だんだんと眠くなっていることに気付く。
今日は少し肌寒いくらいかと思っていたが、田噛がくっついているため暖かいし、座椅子は本当に座り心地が良い。
佐疫はどうにか現状のだいたいのことを把握したが、夜子の様子に思わず少し笑ってしまう。

「眠いの?」
「どうにも暖かくて……、すいません……」
「とりあえず、ゴミは捨ててきてあげるね」
「えっ、あ、すいません、ありがとうございます……!!」
「いいよ」

佐疫は段ボールを拾って夜子に手を振る。
夜子の手は話している時、無意識だろうが田噛の後頭部をさらさらとなでていた。
羨ましい、と思わないわけはないが。
あんな場所で寝ていては谷裂からどんな小言とどれだけの力を込めた金棒が飛んでくるかわからない。
ことと場合によっては座椅子は赤く染まることになるだろう。
田噛としては、見せびらかすためにあんな場所で寝ているのかもしれないが……、いや、ゴミも適当にほかってあったところを見ると、本当に眠くて、部屋に運び込む時間すら惜しかったのかもしれない。
そちらの可能性の方が高いな。
そこまで考えて戻ってくると。
夜子も眠ってしまっていた。
最近よく働いていた夜子も、少し休憩が必要だったのかもしれない。
田噛はそれすら計算してこの状況に持ってきたのだろうか。だとしたら悔しいが、そのおかげで夜子の無防備な寝顔を見ることが出来た。
ただ気になるのは、ふたりの前に、平腹がしゃがみこんでいる。
彼にしては珍しく、とても静かだ。
更にあろう事か、近付いている佐疫に気付くと、人差し指を立てて、「しー!」と言った。
平腹だって羨ましいだろうに。一体どういう風の吹き回しなのか。

「よく寝てるね」
「夜子昨日オレと遊んだ後に仕事してたしなー」
「平腹と遊ぶ前は谷裂と鍛錬してたね」

す、と平腹は夜子の髪に触れると、およそ彼とは思えない丁寧さでさらりと撫でた。
が、その後夜子の横にピタリとくっついて目を閉じる。座椅子からは半分以上落ちているが、平腹も一瞬でねむってしまった。

「しかたないなあ……」

そんなことを言ってみるが。
反対側が空いている。木舌あたりが来たのなら迷わずそこへ陣取るのだろうけれど。
佐疫は平腹がしたように夜子の髪を撫でて、そっと外套を取り出して、全員まとめて移動させることにする。
ここでは、そうゆっくりはできないだろう。
夜子を休ませたい気持ちを、どうにか自分の中で勝利させて、3人を田噛の部屋へ運んだ。

「おやすみ」

それだけ言って佐疫は一人部屋を出る。
部屋を出てから、扉に背を預けて、ずるずると沈む。
我ながら、優等生めいた行動だ。

「あーあ…………」

こんなにも、羨ましいと思うのに。


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20161007:でも安心して眠れる場所へ

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