夜の一時を回ったあたりだ。大方の初詣客も引き上げてだんだん外も静かになってきた頃。この日ばかりは非常識にならないはず。おれはインターホンを何度か鳴らした。
「あけましておめでとう!」
「あ、はい、あけましておめでとうございます」
非常識にならないはずだけど、夜子はひどく面倒くさそうにおれを見上げた。
おれは両手に持ってきた手土産を彼女に渡して、「まあまあ」と言いながら部屋に押し入る。そのままコタツに入り込むと、呆れ返っている彼女を見上げた。
「ほら、元旦だから?」
言うと、彼女は盛大に息を吐いて、「そうだけどね」と頭をかいた。そのあと、すぐに、「まあいいけど」と読書を続けた。読書! 一月一日午前一時に! もしかしたら斬島や谷裂より真面目かもしれないと笑ってしまう。
「ねえ、夜子」
「ん?」
「お酒飲まない?」
「読めなくなるから飲まない」
「今日くらいいいじゃない」
「貴方はいつもだけど」
「でもほら、今日は元旦だし?」
「?」
「大晦日の夜って、いっそうお酒が飲みたくならない?」
「……」
「ね? 元旦だからいいお酒持ってきたんだよ?」
「……」
「去年はおつかれってことで」
「…………」
「今年も頑張りましょうってことで!」
「………………」
「…………ダメ?」
おれは彼女の答えを知っている。おれだっていつもこう強引なわけではない。タイミングを計りに計った今日、おれの願いは無下にはされないはず。(とはいいつもちょっと怖い)
「……わかった」
夜子は迷わず本を読み進めながら言った。しかたがないか、という風である。そう! しかたがない! もう来てしまったし! お酒は持ってきてしまったんだからしょーがない! 何より今日からお正月なのだ。
「もうちょっとで読み終わるからその後なら」
「ホントに!? やったあ! じゃあおれおつまみでも作りながら待ってるから!」
と、ここまでは計算していたのだ。材料も持参したし、作るものも決まっていた。しかし数十分後、彼女はこたつに身体を半分突っ込んで横たわった。顔が赤いというか体全部が赤い。酔っているのはそれはそうだが、横になってからピクリとも動かない。
「大丈夫…?」
おれがそっと手を伸ばして夜子を引き寄せようとすると、彼女は緩やかに手を払った。
「大丈夫じゃない。ちょっとでも動いたら吐きそうだからヤメテ……」
「え、ええー……? 水飲む?」
「今飲むとか吐くとか聞くのもムリ……」
「そっか……、なんていうか、おれにできることあったらなんでも言ってね……」
夜子は手をひらひらとさせながら「うん。ありがと。ごめん。とりあえず寝かせて」とだけ言って、気絶するように意識を手放した。
こうして、酔わせていい雰囲気にする作戦はあえなく失敗した。
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20190104:「でも全部美味しかったから、さすが木舌だね」「ほんと……?」「次はちゃんと加減するからよかったらまたよろしく」「! うん、もうちょっと度数少ないの持ってくるから」