丸一日水族館で遊んでしまった。私を家まで送るついでに、なにか簡単な晩御飯を、買って帰るなり作るなりしようという流れになって、一日居た場所を惜しみながら電車に乗り込んだ。
来た時よりも混んでいるが、身動きが取れないほどではない。
「ありがとう、楽しかったー」
「俺もだ。また来よう」
「売店の肉まん気にしてたもんね……」
「今度は」
「うん」
「どこに行く?」
気が早い! まだ、もう少しデートは残って……ああ、斬島くんにとっては水族館に行くことがデートだったのであって、お家デートというのは、デートにカウントされないのかもしれない。
「今回は私に付き合ってもらったから、次は斬島くんの行きたいところでいいよ」
「俺の?」
「そう」
「それなら、」
「うん」
「……」
「…………」
電車がゆるりと発進して、しばらく時間の流れるままに揺られていた。恋人という立ち位置を得てからは、外でものすごくくっついたりというのはなくなってきている。時々触れてる部分を壊されかけるくらいのものだ。ぼんやりと返答を待っていると、次の駅に到着した。随分な長考である。
こんなことがつい最近もあったような。答えが予想出来て、言われる前に少し笑ってしまう。ああきっと。
「次は、」
電車の、全てのドアが閉まる音がした。吹き込んだ風にぞっとする。凍りつくような悪寒が走る。これは。
まずい。この車両ではないけれど、同じ電車の中にいる。私は答えを聞くより先に、斬島くんの袖を引いた。「斬島くん」「なにかいるのか?」返事を遮られたというのに嫌な顔一つせずに、一緒に周囲を警戒してくれる。
「二個前の車両かな……」
「手強そうか?」
「斬島くんにとっては、そんなに、だと思う」
「わかった。行こう」
私はひとつ頷いて、斬島くんの後ろをついていく。ぼうっとしていなければ、もう少し早く気付けただろうに。気を張っていなければこんなものかと悲しくなる。「ごめんね」「夜子が気に病むようなことはなにもない」ややあって、ありがとう、と返しておいた。あまりくよくよしている時間もない。
「亡者、ではなさそう。魑魅魍魎の類い、っぽい。カナキリ、なくても平気?」
「ああ。問題ないだろう」
「……自信たっぷりだね?」
まだ見てもいない脅威に対して、まるで確信があるみたいに言い切っている。わからないときはわからないと言うのが彼だと思っていたが。
もしかして、気を使わせてしまっただろうか。
斬島くんは、私の言葉にピタリと動きを止めて振り返る。若干首を傾げながら。
「俺にとっては脅威ではない、と……」
根拠は、私の言葉だった。
私は思わず状況を忘れて両手で顔を隠す。あああああもうシャレにならない。隠しながら「うん、嘘じゃない、私はそうだと思う」「それならやはり、問題はないな」信頼が目に見えて襲いかかってくる。斬島くんを前に適当なことは言ってはいけない。言っているつもりはないが、より強く、真摯であろうと心に刻んだ。
赤い顔をどうにか引き締めて、斬島くんに続く。
車両をひとつ進んで、気配が強くなる。
うん、間違いない、一つ前の車両に、
「きゃあああああああ!」
悲鳴を聞いて、ふたり揃って速度をあげる。前の車両から逃げてくる人が溢れる前に、目的の車両へ駆け込んだ。
「斬島くん、あの人……!」
「ああ!」
人が丸く、事件の中心を示してくれている。
中心には、一人の、スーツの男。
手に持っているのは、出入口付近に備え付けられている銀の棒だろうか。無理やりちぎられて、凶器としては充分な禍々しさを放っていた。
幸いまだ、電車の一部が損壊したくらいで済んでいるが、明らかに様子がおかしい。今にも近くにいる誰かに殴りかかっていきそうな雰囲気であった。
他の乗客たちには、いきなり一人の男が乱心したように見えるだろうが、我々には背後で操る黒い影が見えている。
「憑かれてるな」
「んん……、あれ、なんとかなる?」
「ひとまず、殴るか」
確かに、動けなくさせてしまえばそれでいい。周りに被害がでなければ結果はオーライだ。ちらりと斬島くんを見上げると、私の判断を待っているらしい、強い青色が私を見下ろしていた。
私なんかより、彼らの方が専門だろうに。私はひとつ頷いた。
斬島くんは、それを確認すると、真っ直ぐ男に向かって行った。
結論から言えば、私の見込みは的確で、斬島くんにとってはどうってことの無い相手だった。一撃で男から離れた魑魅魍魎を踏みつけて終わり、だった。
だったのだが……。
電車の中、乗客だってほかに居る。まだ乗務員には伝わっていないから普通に電車は走り続けている。
あれしかない。
乗客が状況を把握しきるより早く。
「逃げよう」
逃げよう。
斬島くんは私を抱き上げて、窓を突破って外に転がり出た。
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20180826:感知する力がすげーーーーーある感じです。詳細は本……。