獄都事変 | ナノ


determination(07)  




暖かいような、熱すぎるような視線に気付いていないわけではないが、斬島くんが楽しいのならまあいいかとそのままにしている。
クラゲが発光しているのは見ていたが、大きな水槽だと大きな生き物を目で追って、しばらくすると私に視線を落としている。そのタイミングを見計らって、私がその時見ていたものを指さしたりする。たったそれだけのことなのだが、斬島くんは楽しそうに、私と同じものを見ている。

「あ、斬島くん、面白いやつあるよ」
「なんだ?」
「ほら、ドクターフィッシュ体験コーナー」
「ドクターフィッシュ」
「そう、ほら」

私が指さすと、面白いくらいにその方向を向いてくれるから、つい全く別の方向を指さしたくなってしまう。
なってしまうが、じっと耐えて、ドクターフィッシュ解説の動画が流れるモニターの下、腰のあたりに作られた水槽を指さした。すぐ隣には足を入れられるスペースもあるが、この水槽では手を入れて簡易的に楽しめるようになっている。

「魚が寄ってくるのか?」
「そうだよ、こうやって」

斬島くんは熱心に動画をながめているが、こういうものはやってみるのが手っ取り早い。私が水槽に手を入れると、あっという間に小さな魚が群がってきた。指先から指の間に、痛いような擽ったいような刺激が走る。
古い角層を食べてくれる、ということらしいが果たして。

「ね? こういう感じ……、」

直ぐに引き上げて、近くの水道で手を洗う。振り返ってみると、見たことがないくらい複雑な表情をした斬島くんと目が合った。
ああ、これは全くわからない、何かしら理由はあるはずだが、さて、何をそんなに気にしているのだろうか。

「えーーと、どうかした?」
「勿体なくないか?」
「もったいない」
「ああ」
「……なにが?」
「魚なんかに食わせるのは」

分かってきた。だがそれ、解明してはいけない案件ではないだろうか。私は思わず今の会話が聞かれていなかったか周囲を見渡してしまった。もったいない。魚に、私の一部だったものを、食べさせるのは。斬島くんが言う言葉の全貌はこうだと思うが、そうだとしたら、結構ヘビーだ。
田噛くんもそうだが、好意のよせ方がちょっと人間離れしている。人間ではないから当たり前だが、人間だと難しいことを簡単にしてみたり、人間が得意なことにビックリするくらい苦戦したりする。

「あーー、じゃあ、足はやめておくとして……、えーーーーーっと……」

この場合、どっちなのだろう。「斬島くんもやってみる?」と聞いても大丈夫なのだろうか。それとも、ここはこのまま歩き去った方がいいのだろうか。

「俺もやってみよう」

ああ、やるんだ。私は斬島くんが恐る恐る手を入れるのを見ていた。ぴち、と水面と指が張り付くと、すぐに魚達が。

「あれ?」

さあ、と斬島くんの手の周りを避けていってしまった。人間でないのが、バレているのだろうか。
それにしても、綺麗に避けていくなあ。抹本くん辺りに話したら、何が起きているのか解明してくれるだろうか。

「夜子」
「ん?」

つい、斬島くんの手元ばかり見ていたが、呼ばれて直ぐに顔を上げる。魚に群がられなくて残念そうにしているかと思えば、視線は全く違う方向を向いていた。
視線の先には、足を水槽に入れているカップル……、今まさに靴を履くという所で、男の方が女の子に肩を貸していたのだが、それでもバランスを崩して、男に支えられていた。
ちらり、と斬島くんを見上げる。
キラキラした目が、何より眩しくて目を細める。そんな顔されたってあんなの狙ってやったらただの迷惑な客じゃないか。
私は少し考えて、「後でね」と言っておいた。

「! ああ!」

後で何をしたらいいのか、斬島くんの頭の中では私はなにをしてあげているのか。あとでこっそり探っておこう……。


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20180825:あれさあ。意外と痛くない? あとちょっと怖い。

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