獄都事変 | ナノ


determination(06)  




ピタリとくっつく手は、もともとそういう形だったかのように馴染んでいた。ただ、俺は気になっていることがある。道行く人間達は、こうではなくて。

「夜子」
「うん?」
「あれがやりたい」
「あれ? ああ、あれか。うん。じゃあ一回離して……」

夜子は相変わらず水槽を見詰めているが、俺からの言葉はちゃんと届いている。なんでもないことのように、夜子は俺の腕にくるりと自分の腕を絡めて、手のひらと手のひらをぱちりとくっつける。
柔らかい熱がからだを走り抜けていく。
指と指がぱらぱらと絡んで気持ちがいい。
こういうのがあるのなら、教えてくれても良かっただろうに、夜子は俺を見上げて、「これでいいかな?」と照れたように笑っていた。悪いはずはないが、腹の下の方がぎゅっとなるのは何故だろう。

「ああ。夜子もこれでいいか?」
「いいよ。恋人同士って感じだね」
「感じではない、恋人なんだ」

夜子が、幸せそうにふわりと笑って「そうだね」と、歩き出した。水槽から水槽へ、ゆっくりとした足取りで、面白いものを見つけると教えてくれる。弁当を食べていた時、俺がこっそり考えていた、逐一何もかも教えてくれたら良いのに、という願望が見透かされている。
ちなみに弁当は、相変わらずに美味くて、つい夢中で食べてしまっていた。だというのに、こうしていると、別の感情が沸き上がる。少し前ならこれだけで満足だったのだが、これでもいいけれど、俺は。

「夜子は、なにかして欲しいことはないのか」
「なにか?」
「ああ。なにかだ」
「んん、そうだね、強いて言えば」

何かあるらしい、期待して言葉を待っていると、夜子は顔を引き攣らせながら繋がった手を指さした。なんなら涙目だった。

「力を、緩めてくれると嬉しい」
「す、すまない!」

いつの間にか、夜子の手を壊れんばかりに握り締めていた。ぱっと手を離すと、夜子の手にはくっきりと俺の手の跡がついている。赤くなってしまっていて、申し訳ないはずなのに、何故かぞくりと、気分が高揚してしまった。
夜子に、俺の、痕がついている。

「うん、もう大丈夫」
「すまない、また」
「いいよ。私も言うのが遅かったかも、ごめんね」

握ったり開いたりしながら稼働を確認している。確かに動きに問題は無いが、また力加減を誤って今度はそのやわらかい手が動かなくなるくらいに握ってしまうのでは、と怖くなってきた。
なかなか手を差し出せないまま、夜子を見下ろす。

「気にしなくてもいいのに」
「そういう訳にはいかない」

なにか、良い手はないだろうか。
夜子と恋人っぽくくっつけて、夜子に危険が及ばない道は。俺が悩んでいると夜子は1つ手を打った「ああ、じゃあほら」夜子の腕が、俺の腕にくるりと、絡む。

「これなら?」

やるまでは得意気にやるのに、数秒経つと照れている。組まれた腕に、柔らかいものが触れていた。俺は頷いて、「これで頼む」と夜子に言った。「了解」と微笑む夜子が、ぼんやりと光を受けて、やはり、水槽など眺めている場合ではない。

「それで、」
「うん?」
「他には?」
「他……、ああ、して欲しいこと?」
「そうだ」

夜子は少し考えて、ちらりとこちらを見上げた。

「もう少し、私に付き合って水族館で遊んでくれる?」
「そんなことでいいのか」
「充分すぎるくらい」

どこまでもふわふわと微笑んで、夜子はまた歩き出した。水槽から水槽へ、夜子の隣にぴったりくっついてついていく。
ここは、夜子を見ているには最高の場所だ。


-----------
20180825:水族館行くと謎なテンションになる。

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -