獄都事変 | ナノ


determination(03)  




服を新しくしたり、新しいレシピを試してみたりした。やりすぎも良くないと何度も自分に言い聞かせたけれど、それでも、どうにもやりすぎた感は否めない。気合を入れすぎたかもしれない。かもじゃない。入れすぎている。
この日のために買ってしまった服とかメイク品とか、前日から仕込みをしていた弁当だとか。間違ったことはしていないのだろうが、どうにも気になって仕方がない。
待ち合わせ場所に斬島くんを見つけて、足を止める。それこそ、おまたせ、なんて走り寄れたら最高なのだろうが。今一度自分に視線を落とす。変じゃない、はずだが。

「夜子?」

見つかってしまった。

「斬島くん」

振り返ると、すぐに斬島くんと目が合った。夏空よりも深い青色が、淡く光っている。結構待っていてくれたのかもしれない、首筋を汗がつたっていた。

「ごめん、待った?」
「いや、早く来すぎただけだ。……夜子は、時間通りだな」

さして、待たされた、とも思っていないようだが、待たせてしまったのは確かである。これでも急いで来たのだけれど、斬島くんは一体何時から居たのだろうか。

「荷物を」
「うん?」
「俺が持つ」

まるで人間の恋人同士がするように、私の方へ手を差し出している。「先に待ち合わせていた人間達がそうしていた」と、ついさっき仕入れた知識を早速使っているらしい。間違いではないが、私はどうにも、申し訳なさが先に立つ。
しかし、何も渡さない、というのも、彼はきっと残念がるだろうから……。

「じゃあ、お弁当だけお願いします」
「ああ」

斬島くんは、弁当箱の入った大きめの鞄を受け取って、満足そうにひとつ頷いた。「行こう」また手が差し出される。私は躊躇い無くその手に、自分の手を重ねようと手を伸ばす。どこにもおかしいところはなかったはずなのだが、私の手は斬島くんの手に着地することはできなかった。
斬島くんが、ぱ、と自分の手を引っ込めてしまったからである。

「間違えた」
「間違えた?」

ああ、と頷いている。一体何を間違えたと言うのだろうか。私は空気を掴んでしまった手を引き戻して、斬島くんの言葉を待った。またおかしなことを吹き込まれたに違いない。彼はバカが付くほど真面目なのだから、面白半分で人間の知識を与えないで頂きたい。
とは言え、斬島くんにはいつだって悪気はないのである。

「見たことのない服だな」
「え、あー、そうだった?」
「いいにおいもする」
「……そう?」
「そうだ」

やりたいことが見えてきた。間違えた、なとど言って、かける言葉、やるべき行動を繰り返したとしても、何度目でも、全て本心なのだろう。
私は黙って斬島くんからの言葉を待つ。ちゃんと、斬島くんの言葉に笑顔で返事ができるように。

「顔も、少し違う気がする」
「えーっと、変かな」
「いいや。綺麗だ」

これを、一切照れずに、真っすぐに言うのだから受け取る側にも気合が要る。協力な一矢のような、あるいは、岩か何かを投げられたような重さが胸にのしかかってくる。逃げ出したいような、叫び出したいような衝動を堪えてお礼を言わなくては。
「あ、」斬島くんはまたなにか段取りと違うことをしてしまったのか、この期に及んで少し俯いて考え事をしている。だが、考えていたのは数秒だった。顔を上げて、繰り返す。

「綺麗だ」

私は膝から崩れ落ちそうになるが、すこしよろめく程度でなんとか踏みとどまった。
「うん」どんな表情をしていただろうか。間違っても今は鏡とか持ってきてほしくない。そのままさらりと「ありがとう」と言う手筈だが、その予定だったが。

「夜子?」

私は両手で顔を覆ってしゃがみ込んだ。人間には眩しすぎる。「ありがとう」とようやく言った。作るはずだった爽やかさはどこかへ消えた。小さくなったせいで暑苦しい。斬島くんは不思議そうに私を見下ろしている。「どうした? どこか痛むのか?」「痛まない、大丈夫」胸を押さえながら立ち上がる。
彼の真っすぐさには及ばないが、こうも褒められたら私もなにか彼に言葉をあげたくなる。暑くなった顔を扇ぎながら、些か真摯さにかける態度で伝える。照れ隠しだから許してほしい。

「斬島くんも、かっこいいよ」
「それは」
「うん」
「田噛よりも、だろうか」
「な、なんで田噛くん?」

がし、と両肩を掴まれて、今度はどこにも逃げられない。「夜子」と詰め寄られて、半歩下がる。下がっても距離が開かないのは、斬島くんは一歩こちらに詰めてきたからだ。私の褒め方が足らないらしい。「負けたくないからだ」「負けてはないと思うけど」「それなら、勝っているか?」「ええ……?」彼は一体なんの話をしているのだろう。わからなくなってきた……。と言うか個人的に、田噛くんと比べてどう、とか言う話は、とてもしずらい。さらに言えば、言ってしまったら間接的にか直接的にか、そう言ったことが田噛くんに伝わりそうで、尚更言えない。「どうだろうか」なにか言わなければきっとこの場が収まらない。我々は水族館に行くのである。

「助角さん、よりも、かな?」

どうにか、どうにか、田噛くんから話を逸らしつつ、斬島くんにも喜んでもらえるような比較対象選択した、つもり、だが……。斬島くんは「助角さん……」と呟いて目を丸くしている。私の肩から手が離れていく。

「そう、だろうか」
「そうだよ」
「しかし、それは」
「うん?」
「順番で言えばどのくらいの位置なんだ?」
「ああーーーそうきたかーーー……」
「夜子」

とりあえず、歩きながら話そう、と歩き出すと、斬島くんは付いてきてくれる。しかし、じっと見下ろされて期待と不安の混じった視線を向けられる。もう少し歩いたところにクレープ屋さんが来ていたはず。そこでどうにか忘れてもらおう。そうしよう。
ともあれ、我々のデートはようやくはじまったのであった。


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20180809:ひたすらほのぼのしてくれ

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