獄都事変 | ナノ


「寝よう!」/ALL  




夜子が帰ってきたのは早朝であった。
しかし、疲れを一切感じさせない顔色で、上司である肋角に報告書を差し出した。「何か変わったことはなかったか」書類に目を落としながら夜子に問う。「特には何も」夜子がそう答えることは、身なりや振る舞いからわかっていた。

「そうか、ご苦労だった。ひとまず昼までは休むといい」
「ありがとうございます、そうさせてもらいます」
「すまないな。任務の内容は事前に書面で送った通りだ」
「はい」

他の獄卒にも帰ってくるなり任務を言いつけることはあるけれど、夜子の場合は長期任務から長期任務で、一日で終わる仕事など滅多にない。またしばらく、帰って来られない日が続く。
獄卒は体が丈夫に出来ている。体の心配はほぼ必要ないし、体調を崩すことさえ稀である。だが、落ち着ける場所で休むのは大切な事だ。
故に、肋角は強く念を押した。

「昼までは休め」
「大丈夫です、ちゃんと休みますよ」

夜子はへらりと笑って肋角の部屋を出たが、たとえ半日だけであっても、夜子が館にいるのは珍しいことなのである。ほかの獄卒たちにとってはそれはもう貴重で、どうにか言葉を交わしたくて堪らないのである。
故に、廊下に出ると、早朝にも関わらず、既に何人かの獄卒達が待ち構えていた。「センパイ!」とまず、平腹が飛びかかる。
夜子は、さっと避けるけれど、その後すぐに、抹本に制服の裾を掴まれてしまう。

「あ、あの、先輩……、疲れに効く薬を試しませんか……?」
「おい、それ昨日谷裂に試して鼻血が止まらなくなったやつのことだろ」
「ちゃんと改良したよ……?」
「そんな危ないものを先輩の前に出すな!」
「先輩、お酒飲もうよー」
「木舌、飲む前にまず朝食だ。今日の朝食当番は俺だったんだが……」
「センパイ、ゲームしよーぜ!!!」
「ちょっとみんな、先輩は疲れてるんだから休ませてあげなきゃダメだよ」

夜子は息をつくまもなく後輩達に囲まれて、しかし、すぐに笑顔になり「元気だった?」と、ひとまず一番近くにいた平腹と抹本の頭を撫でた。人間の親が子供にするような仕草だったが、まず、田噛が平腹を引っぺがして前に出た。要望は言われずともわかる。「お疲れ様」同じように頭を撫でる。「先輩、おれもー」と抹本と木舌も入れ替わった。
佐疫、斬島、谷裂もおずおずと近寄ってきた為、手を伸ばす。こんなことで喜んでもらえるのならお安い御用である、と、夜子は胸を張った。

「とりあえず、今あんまり綺麗じゃないし、シャワー浴びて、全部それからでいい?」
「こら。休みなさいって言われただろう?」
「あ、災藤さん。お疲れ様です」
「おつかれ。今回も予定通りだね」

ほかの獄卒たちは背筋を伸ばして災藤と夜子のやりとりを聞いている。

「お前達も、夜子を困らせてはいけないよ」

はい、と後輩達は声を揃えるが、夜子にしてみれば、時々遭遇する、災藤や肋角による悪戯のほうが質が悪い。夜子は苦く笑いながらも、「ひとまずあまり綺麗じゃないから、お風呂入ってきますね」と、夜子は肩を軽く回しながら立ち去った。オレも行く、と付いてこようとした平腹は全員に取り押さえられている。



元気そうで何よりだ、と私はただそれだけで上機嫌にしながら自室へ戻ったのだけれど、扉を開けると、平腹が床でゲームをしていて、田噛がベッドを占領していて、木舌部屋の隅で酒を煽っていた。抹本は部屋の机に薬を並べているし、斬島は丁度食事を持ってきてくれたところだった。佐疫は平腹に宥めるのに失敗していて、谷裂は田噛をベッドから引きずり降ろそうとしていた。そんなに広い部屋ではないのだけれど、なんだか大変なことになっている。
部屋を間違えたのかもしれない。閉じてなかったことにしようと思ったが、みんなに「先輩」と呼ばれて、どうにもできなくなった。ここは私の部屋で間違いない。

「……ええっと、狭くないの?」

わっとみんなが話はじめる。「寝るんだろ?」「お前が居たら眠れないだろう! そこを退け!」「ゲームできる?」「寝る前にお酒どう?」「その前に飯だ」「栄養ドリンクもあるんですよ」「だからね、みんな、先輩は疲れてるから……」話は振りだしに戻っている。私はひとまず、斬島が持ってきてくれた食事を流し込みながら彼らの言い争いを聞いていた。抹本が持ってきてくれた栄養ドリンクも飲みきったところで、私はテーブルを立てて壁に寄せる。
クローゼットを開いて、寝具関係のものが押し込んである引き出しに手を突っ込んだ。これは佐疫の外套と似た作りになっていて、見た目よりずっとたくさんのものが入るのである。
マットをいくつかと、敷布団をいくつか、それからシーツと、枕、足りないぶんはクッションでいいか。
流石に言い争いをしていたみんなも、私の行動に注目して黙っている。「よし」振り返って、両手を広げる。

「寝よう!」

こうなったら皆で仮眠だ。佐疫は私の言いたいことを一早く理解してくれて、狭い部屋にマットを敷き詰めている。佐疫の行動を受けてなにをするべきかみんな理解してくれたようで、各々が自分が寝るスペースを作っていた。
部屋は、あっという間に白で埋め尽くされる。完璧に昼寝部屋だ。ちょっとでも時間を空けたら、「先輩はどこで寝るんだ」と言われそうだったから、私は適当に、誰よりも早く部屋の中央に寝転がる。

「おやすみ」

正直眠い。もう一分ももちそうにない。
私が目を閉じると、佐疫がぱっとくじを用意してくれて、皆無言でそれを引いていた。私は目を閉じているからわからないけれど、右と左と、足のあたりもやけに暑い。まあつまりそういうことだろう。
起きると、何故か、助角さんと災藤さんもいて、笑ってしまった。
今日も特務室は平和だ。


-----------------------------
20180723:先輩シリーズが割と好きなんですがIFとかで恋人とかにもさせてみたい気持ちつもあります。

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -