獄都事変 | ナノ


「いってらっしゃい」/田噛  




我ながら天才ではないか、と思った。
この寒い日に、仕事でもないのに外に出るなんて出来るはずもない。そう思って部屋で丸くなっていたのだが、窓からふと外を見ると、夜子先輩がふらふらと外へ歩いていくのを見つけた。被っていた布団を跳ね除けて、俺も急いで外へ向かう。あのひとのことだ、散歩にでも行くところかもしれない。どうにかこうにか追いついて、先輩の隣を歩く。

「寒い」
「そうだね寒いね……。でもそうくっつかれたら歩きにくいよ、田噛」
「あー、さみい」
「うん、寒いけど」
「はー……」
「……帰る?」
「それは嫌だ」

「そう……」と先輩は困っているだろうに優しく笑った。俺はぎゅうぎゅうと先輩との距離を詰めて、今や風の通る隙間すらない。帰ったらこの距離は普通ではないし、そもそもほかのヤツらに見つかりでもしたら秒で引き剥がされるのは目に見えている。これは、ふたりきりで外だから成り立つ作戦である。

「そんなに寒いならなにか飲む?」

シチュエーション的にはどう転んでも美味しいのだけれど、この距離があまりにも貴重なので他のものはしばらく要らない。俺が左右に首を振ると、先輩は首を傾げながらも歩き続ける。
ふらふら歩いて、先輩は時々俺が押しすぎてバランスを崩している。それでも力任せに俺を引き剥がすようなことはしない。
駅までの短い距離をただ歩いた。
静かな道でたったふたりだと、この世界でひとつになってしまったような気持ちになる。とてもとても暖かい、いい時間だ。
永遠なんて願ったりはしないが、ただ、これはあまりに短すぎると俺は思わずため息をついた。

「……」

俺と先輩は駅の前でしばらく立ち尽くす。俺はここからひとりで館に帰らなければならないし、先輩はひとりで任務へ行くのだそうだ。気ままな散歩ではなかったことに落胆するが、見送れるのは悪いことではない。
先輩はするりと俺から離れて、こちらを振り返る。

「じゃあ、いってきます」

少し間が空いたのは、どうしてか。何かを言う理由も言わない理由もありすぎて、一言ではとても言い表すことが出来なかったから。
誰に話すでもないけれど、いつか、先輩には話すのかもしれない。もしかしたら、先輩にさえ話さないかもしれない。

「いってらっしゃい」

どうにかこうにかそれだけ言う。表情は、ほんのちょっとでも穏やかだったらいいとは思う。
だと言うのに、先輩はと言えば、ひたすら平等に、満足そうに笑っていた。いつもの笑顔だ。「お土産楽しみにしてて」寂しさなど欠片も感じさせず、ただ、後輩がわざわざ駅まで見送ってくれたのが嬉しいのだ、と胸を張っていた。眩しい。

「土産は、」

先輩の買ってくる土産はいつも美味い。そんなのいいからさっさと帰ってこい、とも、言いきれないのであった。
続ける言葉を迷う俺を見て、先輩は空気が抜けるみたいに笑っていた。俺は目を細めた。


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20171229:時々書いていきたい先輩シリーズ…。

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