獄都事変 | ナノ


一輪の花を君へ04 / 田噛、谷裂  




鍛錬場には、珍しい2人。
田噛がその光景を見かけたのは完全に偶然ではあったものの、しばらく2人を見ていることにした。
夜子は素手で、金棒を持つ谷裂に向かっていた。
鍛錬場の外ではあるが、声も聞こえてくる。

「殺されても文句を言うなよ」
「はい。長いこと逃げ回ってすいませんでした」
「嫌味かそれは」
「そう聞こえましたか……?」
「どっちでも同じだ」

谷裂のことだ、きっと、その隙があれば、あるいは、そうしなければ勝てないとなれば夜子を殺すことに躊躇いはないのだろう。
追い回す谷裂も面倒だが、逃げ回って生活リズムまで変更する夜子も大概である。
田噛はただ、なんとなく、この先、夜子が危惧していた展開が見えていたためじっとそこに立っていた。
二人はこちらに気付いていない。

「……」

先に踏み出したのは、谷裂だった。
夜子は振り下ろされる金棒を避けて、拳を握る。
よく見れば見慣れない黒いグローブを着けている。夜子の手を保護するもののようだが。些かリーチが短過ぎる。
それに反応できない谷裂ではない。
拳が届く前に、金棒を振り上げ振り払う。
おそらく名前は、あの金棒にかすりでもしたら大怪我を負うことになるだろう。
どう見ても夜子が不利であった。
しかし、夜子は突き出した拳をすぐにしまって距離を取る。
谷裂は、夜子と戦うのはこれがはじめてだ。つまり夜子も谷裂と対峙したことはないのである。
夜子はどうやら、谷裂の反応速度を確認したらしかった。
夜子はぐ、と唇を合わせて、谷裂から目を離さない。
その視線は、やっぱり厳しいな、と言っているような気がした。

「勝つ気がないのか!?」

が、谷裂は、その行動をよく思わなかったようで。
再び突進。
そうじゃないだろ。お前はここ数日なにを追い掛けていたんだ。田噛は、夜子の目がすっと細められるのを見逃さなかった。
身震いするような鋭い視線だ。
斬島の持つカナキリよりも、ずっと鋭利で、ずっと美しい。

「な、」

それに合わせて夜子も踏み込む。最高にスピードがついたタイミングで、谷裂の顔面に叩き込まれたのは、夜子の拳である。
夜子の振り抜くままに谷裂は地面に叩きつけられる。それだけ綺麗に決まったというのに、夜子は次を警戒して距離を取った。
谷裂の頑丈さも未知数、と言うところだろうか。

「……!」

ぐ、と声を漏らしながらも谷裂は起き上がってくる。
夜子はもう1度拳を握るが、その表情は、一撃で沈められなかったことについて思うところがあるようで、少しだけ引きつっていた。
田噛の位置からではよく見えないが、冷や汗も流しているかもしれない。

「悪くない一撃だ」

夜子が、やられると困ることはもう十分にわかった。
隙をつくのが得意なことも、注意力もセンスもある、遠慮のいらない相手だということも。
谷裂の表情はにぃ、と楽しげに歪んで。
随分と鬼らしい顔をしていた。
1歩で距離を詰めて、インファイトに持ち込む。
夜子には、近付いてきた相手を吹き飛ばす術はないし、無闇に突っ込まなければカウンターを打つこともできない。
だが、持ち前のすばしっこさで、全てをいなして、風のように躱している。
流石ではある、が。
一瞬、谷裂が振るった金棒の風圧に足を取られる。
もちろん、それを見逃す谷裂ではない。
逃げられないように、よろめいた方向とは逆から金棒を振る。夜子の表情が一瞬青ざめたが、一瞬だけだ。
器用に、金棒の山の部分を避けて、両手で掴む。
そのまま、谷裂が振るう金棒の一部になるように飛び上がって。
振るった金棒の先から、空中。
谷裂は、思わず、追撃するのを忘れた。
受け止める、ではなく受け流す。
なるほど、夜子らしい。
谷裂の表情は最高に楽しそうで、興奮した様子であったのだが、その音で大分頭が冷える。

ジリリリリリ!!

けたたましいアラームの音は、夜子が5分間に設定したものだった。

「ありがとうございました」

夜子は笑って、大きく息を吐いた。

「……」

谷裂は黙って自身の武器をくるくると見ていた。
どこをどう見ても、夜子の血は見つからない。
5分間、夜子は無傷で戦った。
対して谷裂は、夜子から重い一撃を食らい、あれが拳ではなくてハンマーなどの凶器だったらと思うと悪寒が走る。

「……おい、夜子」
「はい」
「お前はもっと筋肉を付けるべきだ」
「そうですね、やっぱり谷裂先輩は強」
「よし、今から筋トレをみてやる」
「あ、え、今からですか?」
「? なにか問題があるのか。お前は無傷だろう」
「いや、その、今からはえーっと」
「なんだ!」

がたり、とわざと鍛錬場の扉の音を立てて、田噛はその場に割り込んだ。

「夜子、肋角さんが呼んでる」
「あ、田噛先輩。そ、そういう訳らしいのですいません、谷裂先輩」
「ああ、肋角さんからの呼び出しなら仕方がない。行って来い」
「ありがとうございます!」

程なく、金棒を素振りする音が聞こえ始める。
夜子は、田噛の前まで行くと、田噛と共に部屋を出た。

「ありがとうございました、田噛先輩」

廊下を進む。夜子は田噛に頭を下げて、田噛は呆れ返った息を吐いた。

「……お前、嫌なことは嫌だって言っていいんだぞ」

夜子は曖昧に笑って、その笑みに見合った曖昧な答えを返してきた。

「嫌だ、という訳ではないんですけどね。それより、」

夜子の両目が田噛を捉えて、田噛は思わずどきりとする。

「肋角さんからの呼び出しというのは、たぶん、わたしの予想が正しければ、嘘、なんじゃないかと思うんですが」

なにもかもお見通しであった。
田噛はどうにも、それが見破られて嬉しいような、そうではないような気分になって、思わず舌打ちを挟んでしまう。

「チッ……、ああ、そうだ」

舌打ちについて、夜子はあまり気にならないらしく、軽く笑った後にもう一度頭を下げる。

「ありがとうございます。つい、構ってもらえると嬉しくて引き際がわからなくなっちゃって……」
「…………頭がいいんだか悪いんだかわかんねえ奴だな」
「とにかく、ありがとうございます、と言うことで」
「そう何度も言うなよ、その腕を固定してやるまでが恩だからな」

見た時から、いくら何でも衝撃をゼロにすることは出来ていないだろうと思っていたが、谷裂に頭を下げてから、腕は一度もあげないし、田噛と話をしているこの瞬間も、どうにも腕を動かさない。
折れてはいなくとも、骨にヒビくらいは入っているだろう。
夜子は、田噛から視線を逸らし、がっくりと肩を落とす。

「……よく、お気付きで…………」
「見てたからな」
「それはもう、重ね重ね、ありがとうございます」

見ていたのは、なにも今の鍛錬に限った話ではないのだが、夜子にはうまく伝わらなかった様である。
少しくらい、他の奴らと差をつけることは出来ないかとうっかり。

「…………礼なら」
「あ、治ったら何か作りましょうか? それとも何か買ってきますか?」

礼なら言葉ではなくて、と言いかけたところだったのだが、夜子のその言葉に冷静になる。
そうではないのだ。
要求するなら、もっと考えて話さなければ。
かと言って、なにも言わなければあれこれと土産を買ってきたり、差し入れを持ってきたりするのだろうと予測して。

「…………考えとくからそれまで余計なことすんなよ」
「? はい、お待ちしてますね」

夜子は、谷裂に正面からでは勝てないと思っていて、それは本当のところどうなのかはわからないけれど、夜子が、勝っても負けても、谷裂はきっと一緒に鍛錬をしたがるだろうから。
そこまでの予測はあっていたのに。

「うまくいかねえもんだな」

ぽそりと呟いた言葉は、夜子には届かなかったようだ。


--------
20161004:田噛回にするはずが何故こんなことに…

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -