「あ、」
私がぽかんと谷裂を見上げている間に、彼はいつも通りの難しい顔をして頭を下げた。「先輩、お疲れ様です」私も慌ててお疲れ、と返した後に、すぐ本題へ。
「谷裂、一緒に買い物行かない?」
今度は谷裂がこちらを無言で見つめる番だ。ややあって、「行きます」と言いながら目をそらした。顔が赤い気がして大丈夫かと詰め寄ると、さっきまで鍛錬をしていて暑いだけだからと距離を取られた。
大丈夫、なら良いのだが。ともあれ、私は景品の買出しに心強いお供を得た。時々変に強情だが谷裂との仕事もやりやすい。
「ありがとう。よろしく」
私の言葉に、谷裂は「はい、もちろんです」といつもよりほんの少しだけ、本当に少しだけ穏やかな空気を纏って言った。迷惑がられてはいないようで、私は改めて安心した。
■
「幹事ですか……!」
ことの顛末とこれからの予定を説明すると、谷裂は紫の目を輝かせて「流石、夜子先輩ですね」と任された仕事の重大さを私に思い出させてくれた。もう後は適当でもいいかと思っていたが、そんなふうに言われると、もっと頑張らなければならないような気がしてくる。
「買うものはある程度決めてるから、荷物運ぶのを手伝ってもらおうと思って」
「もちろんです。まずどこから行きましょうか?」
「えーっと、マッサージグッズだから、家電量販店?」
「マッサージ?」
「んん、なんかみんな疲れてるみたいだから。さっき佐疫の肩たたいてたら列できてたし」
谷裂は「アイツら」と顔を歪めてから、私を見下ろして拳を握った。そんなに怒ってもらわなくてもいいのだけど。
「後で叩き直しておきます……!」
私はまあまあ、と谷裂を落ち着かせた。「谷裂の肩もたたこうか?」と聞くと、彼はぴしりと動きを止めて、数秒、直立不動のまま考えた後「俺は、大丈夫です」と絞り出すように言った。
「無理しないようにね」
何の気なしに私が言うと、谷裂は少しだけ眉間にシワを寄せて痛みを耐えるようにしながら「俺は大丈夫です」と繰り返した。深刻にさせてしまったのは、多分私の普段の振る舞いのせいだというところまで見当をつけたが、私はそのまま「ならよかった」と笑っておいた。
■
買い物は順調に進んだ。私達は両手に買い物袋をたくさん提げてがさがさ言わせながら最後の肉屋に向かっていた。そう言えば谷裂には何も説明していなかったなと振り返る。
買い物はもう終わりが見えている。
「最後に良い肉の塊買ったら終わりだからね」
「肉を」
「そうそう。焼いたら食べれるしみんな好きでしょ」
これ以上の名案は無かろうと、私は胸を張るのだが、谷裂は眉間にシワを寄せて首を傾げていた。
「確かに嫌いではないですが、盛り上がるでしょうか」
盛り上がる気しかしていなかったのだが、谷裂にそう言われるという事は、つまり谷裂的には肉はなしであるという事だ。そんな。
「え、肉……、盛り上がらないかな?」
「……」
ここに来て特賞は考え直しなのだろうか。私は足を止めて谷裂を見上げる。悲しみのあまり泣きそうである。谷裂はしかし、数秒黙ってこちらを見た後、何故か顔を逸らしてから力強く頷いた。
「盛り上がります」
「それならよかった!」
よくよく考えたらやっぱり肉は良いものだったらしい。私は残りの予算の全てを尽くして肉屋で一番良い肉の塊を予約した。忘年会の前日には館に届くようにお願いしておいた。こんなに素敵なことがあろうか。いいや、ない。
これにて本日の買い物は終了した。
終了したのだが、私はコロッケを二つ注文して、自分の財布からお金を出した。個人的に買ったこれは、谷裂への報酬だ。
揚げたてを貰って、一つを谷裂に渡す。
「今日のお礼。結構な肉体労働させちゃったから。コロッケ一個じゃ微妙かもしれないけど」
「そんなことありません! 頂きます」
「うん。食べて」
荷物が荷物なので外へ出て、私達はコロッケを齧る。肉屋のコロッケ。揚げたてである。うまくないはずはない。谷裂が先に、私に「美味いですか」と聞いた。「美味い」と私が言うと、谷裂は満足そうに「そうですね」と私を見下ろしていた。そうして二口目を食べようという時だ。
なんの前触れもなく、
「もーらいっ!」
鷹ではなくトンビではなく、平腹が襲来した。奪われたのは谷裂のコロッケだ。私から取ればいいのに、何故火種の大きくなる方を選んだのだろう。いや、平腹のことだから、選んだ、訳では無いのかも。「なんだこれ!? うまっ!!!」コロッケである、と認識していたかも怪しくなってきた。
谷裂は一瞬唖然としていたが、何が起こったのか経緯はともかく結果だけを理解すると、すぐに平腹に掴みかかった。谷裂の腕にぶらさがっている景品になるはずの紙袋たちがガサガサ揺れる。
「貴様先輩にもらったコロッケを……!!!」
「ほ? 鍛錬が足りないんじゃね?!」
「なんだと……!!?!」
平腹が楽しそうだからよし、という訳にはいかない。景品のためにも谷裂のためにも。「まあまあ」と私はふたりの間に無理やり入り込んで、そうして、「コロッケくらいもう一つ買ってあげるから」と谷裂を宥めた。「しかし」とか「ぐ」とか言いながらも、どうにか引いてくれて助かった。
「センパイ、腹減った!」
「こら。ダメだよそんな通り魔みたいなことをしたら。罰として荷物持ちしていきなさいね」
「先輩それでは罰になりません」
「へ?」
「よっしゃー!」
「なんで喜んでるの……」
私はこのあと、ちゃんと谷裂にもう一度コロッケをあげたのだけれど、彼はずっと鬼の形相で平腹を睨んでいた。
食べ物の恨みは、やはり恐ろしい。
----------
20171218:谷裂ブーム到来しててしんどい。