獄都事変 | ナノ


気合を入れる/抹本  




実験室に顔を出した夜子は、まるで谷裂のような顔をして言った。陽気な空に似合わない、晴れた昼頃のことだった。

「無理矢理でいいから体が元気になる薬くれない?」

そういう薬や飲み物がないではないが、夜子にそのまま与えるべきではない気がした。と言うか、調子が良くないのなら素直に休むべきではと、俺は差し出しかけた新薬を引っ込める。
わざわざ頼ってくれている、のかも、そう思うと下手なことは出来なかった。弱みを見せまいと険しい顔をしている夜子は、貴重だ。

「……大丈夫? 体がだるいの?」

聞けば、夜子は眉間にシワを寄せたまま首を傾げる。

「いやー、なんだろ、調子悪いンだよね。思考もどっか後ろ向きっていうか。体はともかく、無理矢理でいいから精神上向きにさせるような薬でもいいよ」
「ええ……?」

もちろんそういうものもあるにはあるが、やはり夜子に与える気にはならなかった。
根本的な解決に至っていないし(夜子はそれでいいようだが)、それこそ危ない薬を与えることになる。

「……昨日、ちゃんと寝た?」
「寝たよ」
「ご飯は食べた?」
「食べた食べた」
「変なもの食べたんじゃない?」
「いや……?」
「お酒は?」
「飲んでない」

栄養ドリンクだよ、などと言って適当な飲み物を渡したら、少しは気が紛れるのだろうか。しかし、俺が、そんな適当なことをしたくなくて、じっと夜子を観察する。
夜子が適当に座った椅子の、すぐ前に座って、それからじっと夜子の目を覗き込んだ。額を触ったり喉のあたりを押したり、口を開けてもらったりしたけれど、体に異常はないように思う。

「体は、調子悪くなさそうだけど……」
「んー、栄養ドリンク的なやつない? こう、気持ち誤魔化せればなんでもいいや」

体の変化など、夜子が一番わかっていて、だからこそわかりにくく険しい顔をしているのだろう。
いつもの調子に戻したくても、どうしたら良いかわからずに俺のところに、来たのだろう。

「……じゃあ、ちょっと待ってね」
「んん」

俺は栽培している草花の中で、とびきり落ち着く香りのものを選んでお茶に浮かべた。お湯に触れた瞬間に湯気に乗って香りが広がる。その横に添えるのは角砂糖と、飴玉だ。
夜子のそばに置くと、夜子はお茶と飴玉を指さして言った。

「薬?」
「そうだよ。これ、今の夜子にはとても効くと思う……」

ふうん、とは夜子は飴の包み紙をぱりぱりと剥がして大事そうに口に入れた。「甘い」「甘いの、嫌いじゃないよね?」「うん、ありがとう。抹本はいい薬も作るね」少し引っかかる言い方だったが、弱っているらしい夜子に免じて黙っておく。いい薬もとは何事だ、とも、その飴玉はただの飴玉だ、とも言わなかった。
俺は普通のお茶を飲みながら、夜子に言う。

「ねえ……、ほんとは何かあったんじゃない?」
「どうだろ。いつものことの気もするし、そんなに大したことではないかなあ、やっぱり」
「そう?」
「たぶん?」

夜子は、ここでようやく力を抜いて少し笑った。
今の今までひどい剣幕で、付き合いの浅いものが見たら怒っているように見えたに違いない。
俺にも夜子にも、調子が悪い理由はわからないけれど、今日、無理矢理ぐっと顔を上げてまで、やらなければならない事があるわけではないことくらい知っている。動くから動かす、できるからやる、そんな貧乏くじを引きやすい彼女の性質では、何を言っても休んだりはしないのだろう。
だからこれは、強行作。
夜子は、そっと俺が出したお茶を飲み込んだ。

「……あ、れ?」

夜子はぎりぎり意識の中で、きっと少しだけ、その睡魔と戦った。もちろん、勝つことは出来ないわけだけれど。
ばたん、と机の上に倒れた夜子は、額を強く打って眠りに入った。マズイ倒れ方をしたけれど、外傷ならばわかりやすく、すぐに治る。から、きっと許してくれるだろう。

「寝てていいよ」

一時間後に起こしてあげる。


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20171127:抹本くんかわいいじゃんか……。

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