獄都事変 | ナノ


「おはよう」/谷裂  




紫の、鋭くて強い眼光が、最近よく、突き刺さっている。
なにか視線を感じると思って顔を上げると、よく目が合う。かと言ってなにか話をするようなことは無く、微笑み合うようなこともなく、ただギ、と睨まれて終わる。
なにか伝えたいことがあるのかもしれないが谷裂がこちらに何か言ってくるようなことはなく。必要最低限の話しかしたことがない。佐疫あたりに「どういうことだろうか」と聞いてみたことがあるが「本人に直接聞いたほうがお互いにとっていいと思うよ」とあしらわれてしまった。それはそうかもしれないが、普段接点のない谷裂に、「なんか用事?」とかはとてもじゃないが言い辛い。
ただ、しかし、しかしだ。
最近になって特にひどい。
気の所為、では済まされないくらいにひどい。
ふと顔を上げると必ず目が合うし、その割に彼は何も言ってこないどころか、近付くと「邪魔だ」とか不当に怒られるので私からは何も出来ない。
まあそんな日々が続いた、ある朝のことだ。
走り込みを終えて朝ご飯を食べて、その間中ずっと紫の視線が刺さっていた。
実は喧嘩を売られている可能性が浮上したところで、私はその場にばたりと倒れた。
廊下の真ん中だった。
視線が痛いとはまさにこの事。
しばらくそのまま倒れていたが、ややあって走り寄ってきた谷裂に、乱暴に起こされる。
いや、起こされる、と言うよりは、右腕を乱暴に掴まれて無理やり吊られた、という感じ。
意識がある、ということを、彼なりに確認して、私を廊下に下ろす。ぺたんと座ると、谷裂を見上げる。

「痛い」

言うと、谷裂は困ったような怒ったような顔のまま、私を見下ろしていた。

「抹本を呼ぶか?」
「違う」
「なら、なんだ?」

お前の視線が痛すぎるんだよボケ、とはとてもじゃないが言えなかった。
私は長く深い息を吐きながら遠回りをする。

「谷裂は、なんか用事?」
「用などない」
「そう……」

遠回りをしたのだが結局ダメだった。
用などない、らしい。
本当だろうか。
私は仕方なく立ち上がって、仕方なく歩き出すが、「じゃあ」と手を振っても、谷裂の視線が外れることはなく。
しばらく歩くが結局背中にバシバシ刺さるものが気になって、また廊下の真ん中に倒れることになる。これは戦略半分だが、そろそろ、本当に、つらい。

「やっぱり、痛い」
「しっかりしろ」

谷裂は同じようにして私を吊って座らせる。
まあ、ここまでやったのだから、私はもうちょっと踏み込まなければならないのだろう。
そうでなくては解決しない。

「ほんとに用事ない?」

見上げる紫が、少しだけ揺れた。

「用はない、が」
「うん」
「あ」
「あ?」

そこからは、しばらく無言の時間が続いた。
谷裂も、ここしかない、と思っているのか黙って言葉を選んでいて、いつもよりは穏やかな時間が流れていく。「邪魔だ」とも、今日は言われない。
視線で焼けないうちに、少しでもわかりあえればいい。私はただじっと待っている。
彼にしては珍しい、私にしか届かないような小さい声で、ようやく言った。

「挨拶でもしようかと、思っただけだ」
「……」

あいさつ。あいさつ、挨拶?
挨拶って言うと、あれか。あの挨拶か。
私はそっと窓の外を見る。朝ごはんは食べ終わったけれど、そうだな、今の時間ならば、まだ。

「谷裂、おはよう」
「おはよう……」

彼の用事は果たされて、私もこれ以降挨拶するようにしているのだが、相変わらずに背中に頭にと、やはり視線は刺さるのであった。


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20171126:次は天気の話でもするんじゃねえかなあと思います。

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