「……」
ぼうっと花壇を眺める夜子を見つけた。
花壇を眺める夜子を眺めて数分するが、夜子は一切動かないので、ついに声をかけることにした。
「なにしてるの?」
「あ、佐疫、おはよう」
「うん、おはよう」
夜子は眠いのかあまり頭が動いていないらしい。挨拶をして三秒後に「なにをしてるかって話か」とはっとしていた。
「いやほら、これ」と夜子が指さす花の間に、小さな蜘蛛の巣が張っていて、蜘蛛がいた。花を見ていた訳では無いらしい。
「蜘蛛だね」
「うん、蜘蛛」
「……あれ?」
蜘蛛のさらに向こう側、少し湿った土の上に、小さな鍵が落ちていた。
流れから察するに夜子のものではあるのだろうが、夜子はそれを取り出すことを躊躇っていた。
「経緯は、聞かないで欲しいんだけど」
「うん」
「窓から落として」
「ああ、確かに、丁度真上が夜子の部屋だね」
「ってのが昨日の夜のことで」
「え」
「朝でいいかって今取りに来たら、こう」
「……そんなに大事なものではないんだね」
「鍵自体はそんなに」
もう一度夜子の視線の先を確認する。
花壇に咲いている花と花の間に、蜘蛛の巣が張られている。その向こうの土の上に、夜子の鍵。
これまた複雑な模様で作られていて、細い棒を差し入れるような隙間も見当たらない。蜘蛛の巣を壊さなければ取り出すのは難しそうだ。
「労力は推し量れないけれど、彼らが一昼夜かけて作ったものを壊してまで拾わなきゃいけない鍵じゃないような気がして」
「そっか、夜子は優しいね」
「優しいとかじゃなくて」
夜子はこちらを見ると真面目な顔で言った。
「報復が怖い」
「え……」
「この蜘蛛が普通の虫であると言い切れない……」
「ああ、それで悩んでたんだ」
「どうするかなあ」
「どうしようね」
夜子は、おそらく今大変に暇なのだろう。
時間があって、余裕があるからこうして普段ならどうとも捉えないようなことを本気で考えている。(何故ならば、急いでいる時、任務の時は平気で「ごめん」とか言いながら蜘蛛の巣を払っているのを見たことがある)彼女は今、蜘蛛と蜘蛛の巣以外に、優先するものがないのであろう。
俺もまた、いくつか提案できることはあるけれど、夜子がぼんやり平和にしているから、それを眺めていることにした。
蜘蛛と睨み合っている、と思うと大変微妙ではあるものの、花に顔を寄せる彼女は、なんと言うか、とても絵になっている。
「よし」
「決まった?」
「ちょっと待っててね」
「? うん」
夜子は前触れもなく立ち上がると、そのまま壁を蹴りあげて部屋に戻って行った。「行儀が悪いよ」と声をかけると「ごめん」と帰ってきた。「まあ、待たせると悪いと思って」と数秒で窓から降ってきて、俺に小さな箱を渡した。
小さな南京錠がついていて、南京錠の可愛さの割に箱は黒い色で角の鋭い四角形。
「これはなに?」
「いや、それが実は」
「え、わからないの?」
「部屋掃除してたら出てきたんだけれど、一体何を封印したのかサッパリで」
「ああ……うん、まあそういうこともあるよね」
「私じゃあ決めかねるから佐疫に任す!」
「ええ……」
「中身がいいものだったら山分けで、やばいものだったら隠蔽を手伝ってもらう。開けないのならなにもなし」
夜子は指を立てて得意気に言った。
俺は少し考えて、今度は俺が夜子に「ちょっと待っててね」と言った。「合点」と拳を握る夜子は楽しそうだ。
少し離れて夜子から見えなくなったところで箱を地面に置いて、外套から銃を取り出す。あまり大きく音が出ない、威力もそんなにないものを選んで、一発発射。
南京錠は、歪に壊れる。
これならば蜘蛛に迷惑をかけることもない。覚えていないなら、そう大切なものでもないのだろう。
俺の銃弾が一つ減るだけだ。
俺は戻って、夜子に箱を手渡した。
「おお、なるほど、案外乱暴なことをするんだね」
「鍵はなんとかしたよ。開けるか開けないかは夜子が決めて」
「そう来たかー」
夜子は数秒は事にらめっこしていたが、右手で箱を掴んでぱかりと開いた。「あけちゃえ」
「中身はなんだった?」
夜子はそのまま箱を閉じる。
中身は教えてもらえないのだろうか。
ただ夜子の言葉を待っていると、夜子は何事も無かったみたいに顔を上げる。
「佐疫このあと任務?」
「今日は特に予定はないよ」
「よかった。じゃあこれで何か美味しいものでも食べに行こう。予算は一人あたり二千五百円ね」
貯金箱だったようだ。
総額五千円。
あんまりにも微妙なものだから、うっかりとても、笑ってしまった。
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20171110:遊んでるだけ(いつもの)