雨が続く。昨日も雨で、一昨日も雨。
雨が続く。晴れ間を最後に見たのはいつか。
雨が続く。予報では今日も雨なんだとか。
まだまだ降って、雨があまりに続くから、とうとう、公共の交通機関が停止した。
「……」
止まるということはつまり動いていないと言うことで、線路に飛び降りて一迷惑かけることすらできないわけだ。しないけれど。 いやしかし、止まっている、という割に向こうの路線は動いているような。こことそこの違いは一体なんだろう。
もうため息しか出てこない。
私はほとんど義務のように時計を確認して、帰る手段について考える。どうしようかと掲示板を見つめて、希望はないものかとアナウンスに耳を傾ける。
「不便なものだな」
優秀な私の耳が捉えたものはアナウンスなどではなくて、いつの間にか隣に立っていた大きな鬼の声であった。
赤い瞳がこちらを見下ろしている。
「……どうした」
「どうした、とかっていう話でもなくてですね……、肋角さんこそ、どうしたんですか。お仕事は」
「……」
「(なるほど即答できるような進捗ではない、と)」
ただ救われるのは、なんとなくひとりで途方に暮れずに済んでいること。話し相手がいるだけで、なんとなく心強い。
何の用事で現世に来ていたのか知らないが、この偶然は大変ありがたい。「なんにせよ、声をかけて頂いてありがとうございます」などと、手を合わせて拝んでおいた。
「……俺が、偶然ここに来たと思っているのか?」
「そうじゃないんです?」
となると、仕事を放ってわざわざ迎えに来た、とかそんな大変な状況になるが、私の貧困な想像力ではそれしか思い浮かばない。
獄都から、わざわざここへ?
「迎えに来た。帰るぞ」
「……それって言うのは、徒歩で?」
「……お前は、とぼけているのか本気なのかさっぱりわからんな」
肋角さんは私を見下ろしていて、私は肋角さんを見上げていた。
けれど、肋角さんがすうっと奥のホームを指さしたから、私は指の先に視線を動かした。赤いような、黒いような、不思議な電車が止まっている。
「お前には、あれが見えるはずだ」
「……ん? ああ、あれ、獄都行きですか」
「今日は泊まっていくと良い、獄都もひどい雨だがな」
私はより目を凝らして電車を見る。乗車しているのはなるほど確かに人間ではないもの達ばかりだ。
あんまりにも帰る手段を探すのに必死で、全く気付かなかった。
「夜子」
「はい?」
「聞いていたか?」
「獄都に遊びに行く話ですね? 屋根があるなら天気なんて関係ありませんから、たいっっっへん有難いです。よろしくお願いします!」
「……聞き方を間違えたな」
肋角さんは、一つ咳払いした後、質問をやり直した。
「理解しているか?」
理解しているかどうか。私は少し考えて、先ほどの私の言葉以上に理解しなければならないことはなんだったかと考える。
考えるが、平腹とかに勢い余って殺されないように気をつける、くらいしかないように思う。
「気をつけます……?」
私が首を傾げながら言うと、肋角さんは一周回って面白くなったのかくつくつと笑っていた。「まあいい。お前はもう、よろしく頼む、と言ったのだから」笑っているが、あまり穏やかではないような。瞳の赤がいつも以上にギラギラしていた。
「行くか」
しかしここに置いていかれるわけにはいかない。
理解だの何だの彼は言うが、結局のところ私が取れる選択肢というのは一つしかない。
差し出された手に、少し冷えた手を重ねる。
「お世話になります」
何が面白いのかあるいは楽しみなのか。
肋角さんはただ喉の奥で笑っていた。
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20171108:迎えに来てくれる話