肋角はやはり多忙であるらしく、やりたいことをやって伝えたいことを伝えた後、夜子の部屋を後にした。
身体の調子は大分良いとは言え、思考を落ち着かせるのに少し時間がかかった。「その件については俺から二人に話しておこう」との事であり、今日はまだ寝ているように強く言われた。
思い出さないように、何も考えないように務めながら、夜子はゆるりと目を閉じる。
夜子が目を閉じるのと、夜子の部屋の扉が蹴破られたのは同時であった。
完全に油断していた。一瞬心臓が止まって吸い込んだ空気が逆流した。夜子はひとまず体を起こして音のした方を睨み付けた。一体何が。
「夜子死んでなかったー!!!」
夜子は考えることをやめた。
平腹襲来、その事実さえあれば全てが説明できる。現在、夜子は事態を収拾する気力さえ起きず、平腹の弾ける笑顔を確認した後またベッドに身を預けた。
「死んだ!?」
「大丈夫ですよ。生きてます」
「そっかー、生きてたかー」
生きていて良かったのか面白くなくて残念なのかいまいちわからない。
順番に看病をすることが決まっていたのなら当然平腹の番も来るはずで……、それが今であった、という所だろうか。だがこの順番には彼以外の獄卒たちの気遣いを感じずにはいられない。
しかしその気遣いも、扉を蹴破られては台無しであった。
やけに風通しが良くなってしまった。
「平腹先輩も看病しに来て下さったんですね」
「おう! 夜子はやく元気になれよ!」
「ありがとうございます、私は寝ててもいいですか」
「ん?」
蹴破られてぐしゃぐしゃになってしまった扉と目が合う。悲痛な叫びまで聞こえてきそうなところでえるが、夜子はどうにか聞こえないふりをして平腹に向けて微笑んだ。
今はどうすることも出来ない。
事態を収拾することは初めから諦めている。が、自棄になってはいけない。一歩間違えば扉どころでは済まないだろう。
ここから悪化しないように、夜子はまずなにもしないことを選んだ。
「夜子寝んのかー」
「はい、これ以上ご迷惑をおかけしないためにしっかり休んでおきますね」
「手伝う?」
「て」
手伝うとは?
夜子は、きょとんと平腹を見上げる。
平原はシャベルを振りかぶってキラキラとした目でこちらを見ていた。
それは寝るのではない、殺すと言うのである。
「あ、やっぱりやめておきます」
「ほ?」
夜子は命の危険を感じて素早く体を起こしてベッドに座る。
平腹はシャベルを降ろした。
黙ってじっとしているのが落ち着かないようで、平腹も腰を下ろしたはいいものの椅子をがたがたさせたり部屋をきょろきょろと見たりただただ忙しない。
このままでは扉に次ぐ犠牲者が出るかもしれない、おそらく何か会話でもすべきだと夜子は判断して、当たり障りのない話題を選ぶ。
「……平腹先輩は、体の調子は悪くないですか?」
「んー?」
「頭が痛かったり気持ち悪かったりしませんか?」
「それはないなー」
「怪我とかはしてないですか?」
「怪我なー……木舌に腕折られた!」
「……それはなんて言うか……お大事に……」
「もう治ったけどなー」
「なによりです……」
少々物騒だが、これは当たり障りがない、の範囲内だ。
この調子でがんばろうと次の言葉をいう前に、平腹が楽しそうに言った。
「夜子、思ったより元気そうだなー」
いろんな人の気遣いや尽力のおかげである。
夜子は素直に言った。
「おかげさまで」
平腹は上機嫌に答える。
「そっかー」
座った椅子を前へ後ろへガタガタと鳴らして、落ち着いているのかそう出ないのかは定かでない。
夜子は内心ハラハラとしながら平腹の言葉を待った。うーん、と上を向いてガタガタとしている平腹は、珍しく難しい顔をしていた。
しばらくはイスを鳴らす音だけが聞こえていたけれど、平腹が夜子と目を合わせると、その音すらもなくなった。
まん丸の目を夜子に向けた平腹は、ぱかりと口を開く。
「俺、体はなんともなかったんだけどさ、夜子がいたいとなんかやりにくいんだよなー。なんで?」
夜子はすっかり言葉を失って、ベッドに沈んで目を閉じた。
なんて答えたらいいだろう。
今度は夜子が思案する番だった。
「どうして、でしょうね」
薄々わかってはいたが、良い言葉は思い浮かばず、平腹はと言えばさして残念そうでもなく「夜子もわかんないかー」と笑っていた。
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20170609:最近短めですね…