獄都事変 | ナノ


一輪の花を君に01 / 斬島  




その場所には。
怪異は住み着き、現在逃走中の凶暴な亡者もいて、おまけに道中には魑魅魍魎、怨霊の類が山の様に歩き回っているようで。
閻魔庁の方でも大層手を焼き、未だ誰も亡者の姿すら見ることが出来ていないんだとか。
何人も挑んだが同じような有様であったらしい。敵はかなり強大で、未知数である。
かなり危険な案件であった。
特務室にも話は舞い込み、どうするべきかと会議が開かれた。
その時丁度こちらも忙しく、大して時間も人員も確保することができなかった。
理想は、たった1人で、しかも迅速に片付けてくること。
肋角がそこまで語ったところで、少しの間もなく。

「夜子がいいんじゃないだろうか」

斬島は本心からそう言ったが、夜子は露骨に嫌そうにしないまでも言葉には困っていて、喜んではいないらしかった。
最近獄卒になった夜子は、主に事務仕事を担当することが多く、あまり亡者の捕縛やら魑魅魍魎の処理はしていなかった。
誰もが夜子を非戦闘員扱いする中、斬島は確かな確信を持ってそう言ったのだ。

「いやいやいや、私みたいなポンコツが行ってもなんの役にも立たないですよ……」

早口にそう夜子は言ったし、ほかの獄卒も何故斬島がそんなことを言い出したのかわからないらしかった。
しかし、肋角だけは、にやりと笑った。

「そうしてみるか。夜子、行けるな?」

肋角にそう言われては逃げることは出来ないし、そもそも逃げる理由も断る理由もないのである。
夜子が特務室の獄卒である以上、これ以上の言葉は無意味であった。

「はい……、行って参ります」

声が小さい、と谷裂が小さく吠えた。
夜子は律儀に頭を下げて、そして任務に向かったのである。
佐疫や木舌なんかは心配して声をかけたりしていたし、平腹はついて行きたがっていたが、夜子はいつもと同じように、まあなんとかなりますよ、なんて笑った。
口にはしなかったが谷裂も田噛も心配していたようである。しかしだ。

夜子は、その日の夜には帰ってきた。

血塗れの軍服を着て、捕縛した亡者3人を引きずって、傷一つなく帰ってきたのである。そこに居合わせた獄卒たちの、様々な感情の混じった目に、気付かない夜子でもないが、彼女はそれに気づかない振りをして言ったのである。「すいません……、肋角さん、呼んでいただけませんか」
その夜から夜子は、気の弱そうな大人しい女獄卒、と言う印象から一転、鬼の様に強い女獄卒、となったのである。
実は強いらしいと言う噂は尾ひれがついて、ついには、肋角と互角説というものまであるようだ。
夜子の、本人の耳にも当然入ってきている。
心外であった。
夜子はぼうっと廊下の窓から外を見ていた。
こぼれ落ちるのはため息と。

「……困ったな」

もう何度言ったかわからないが、とにかく困った。

「……すまない」

隣に立つ斬島は、先ほど窓辺で黄昏れる夜子を発見し、隣に立った。
「斬島先輩。こんにちは」「ああ」と言った簡単な挨拶のあと、二人して窓辺で黄昏ていたのだが、どこか遠くから、谷裂が大声で夜子を呼ぶ声が聞こえて、思わず夜子は「困った」と言ってしまった。
夜子は慌てて首を振る。

「ああ、先輩が謝ることじゃないんですよ。噂話もそのうち飽きられるでしょうから……」
「だが……」

声が近い。
そろそろ足音も大きくなってきた。

「ええ、確かに噂されるのも、田噛先輩じゃありませんが面倒です……、けど……」

もっと面倒なことがある。
夜子は、ひょいと窓から外へ飛び出して、ギリギリに手をかけ外側の壁に張り付いた。
指先が多少見えてしまう可能性はあるものの、斬島はそう簡単に自分を売ったりしないだろう、とそのままじっとその時を待った。
程なく、廊下の角から谷裂が顔を出した。

「斬島か……。夜子を見なかったか?」
「……いや」
「そうか。まだ屋敷の中にはいるはずだが……」
「……………」

夜子は、息を殺して壁に張り付いていた。
壁越しにも伝わってくる、こうも近くで叫ばれてはたまったものではない。

「夜子ーーーー!!!」

びりびりと、壁が揺れるのを感じた。
足音が遠のいていくことを確認して、ひょい、と元の位置に戻ってきた。

「……すまない」

夜子は自分についた埃を払っていたが、斬島からの言葉を聞くとばっ、と斬島に向き直り、大袈裟なくらい両手をぶんぶんと振った。

「いえ、なんて言うか、こちらこそ本当にすいません!!! あの人の気持ちもわからないではないんですが、どっちに転んでもいい予感がしなくて……!! もう既に大変なご迷惑をかけているとは思うのですがまだ逃げていさせてくださいお願いします……!」
「ああ……、幸運を祈る。だが、夜子ならまず捕まることはないだろう」

斬島は言うが、夜子はやはりゆるゆると首を振った。そんなことはない、大したことは出来ないと、夜子は、いつでも言っている。
本当にそう思っているのかどうかは、夜子のみぞ知るところではあるが。

「過大評価ですよ……、あぁー、斬島先輩私が谷裂先輩に大怪我負わされたら医務室に引き摺ってって下さいね……」
「夜子こそ、過小評価すぎるだろう」
「いやいや私なんてそんなね」
「いいや、夜子は」
「勘弁して下さい私っていうゴミは」
「俺にはゴミには見えない」
「あのほんとにもう大丈夫ですから」
「夜子」

夜子は、ぴたりと喋るのをやめる。
真っ直ぐで誠実で、夜子のことをよく知っている。
谷裂と正面からやり合うのは相性が悪く不利なことも、もう少し逃げていさせてくれ、と言う夜子の強さも。
深い、青色の目がじっと夜子を見つめていた。

「お前は優秀だ」

夜子はとうとう、力が抜けたように笑った。



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20160928:獄都事変、はじめました

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