獄都事変 | ナノ


一輪の花を君へ18 / 肋角  




「調子はどうだ、夜子」
「……」

驚いて声が出なかったのは、まさか肋角まで様子を見に来るとは思わなかったからだ。
谷裂が「肋角さんのところに行ってくる」と言って出ていって、少しぼうっとしていた後の出来事だった。手に持つトレーは明らかに夜子の食事で、ベッドの横に座ったのは、夜子の看病をするためであろう。
夜子は、余計に言葉が見つからない。
特務室のトップにまで来てもらって、自分はと言えば自己管理がなっていないばかりに盛大に体調を崩してみんなの足を引っ張っている。
まず、言うべき言葉が自然と浮き上がる。

「すみません……」
「いや、俺の方こそ無理をさせた」
「と、とんでもない! 無理だなんて、そんなこと。許容量オーバーしていたことに気づかない私が悪いんです。それなのにみんなに看病してもらって……本当に……」
「夜子」

気を抜いていたからだろうか。いいやわかっていてもその強襲を避けることはできなかった。
避けようと思わなかったのかもしれない。
やってしまった、迷惑をかけたと罪の意識でいっぱいの夜子。彼女の頬を褐色の指先が通り抜ける。さらりと通り過ぎるのを視線だけで追いかけて、後頭部に大きな手のひらが添えられる感覚の後、どうした事かと肋角へ視線を戻す。
手は頭に回っている、必然近くなった距離に驚いたり仰け反ったりしたかった。叶わなかったのは、夜子の反応速度のせいか、肋角の確かな意思によるところだったのか。
驚いて半分開きっぱなしになった唇は、肋角にとって好都合で、自身の口の中に含んだ薬や水を流し込むにはちょうど良い。
夜子が全てを飲み下すのを唇を寄せたまま確認して、端から流れ落ちそうだった雫を押し返すように舐めとった。
離れていく肋角の顔は嫌味なくらいに上機嫌で、夜子は状況を把握することと息を整える作業がいつまで経っても終わらない。

「どうした?」

肋角はと言えば酷く愉快そうに涼しい顔をしている。夜子は顔を見ないようにと務めているため、なんとなく気配を感じるだけ。どんな表情をしているかはわかっても、これから自分がとるべき対応はわからない。
どうしたものか。
肋角は楽しんでいる様だけれど、薬を飲ませてくれたわけで。確かに最初は何かを食べる気も起きなかったが、すっかり元気になった今、わざわざ口で押し込んでくれなくても大丈夫なのに。

「…………」

自分で薬くらい飲める。
しかしちらりと見上げた肋角が、あまりに楽しそうに笑っているから、その言葉が外へ出ていくことは無く。
夜子は苦めに笑って、ベッドに背を預けた。
厚意にしろ、気の迷いにしろ、夜子が確かに言える言葉はひとつであった。

「楽しそうで何よりです……」

肋角は疲れていたに違いない。夜子はそう自分を納得させて何度も一人で頷いた。
冷静さを取り戻してくるとはたと思い出す。肋角がここに何をしに来たにしても、一つ確認したいことがあった。夜子は軽くなったような重くなったような体を起こす。

「もしかして谷裂先輩から聞いているかも知れませんが、おかげさまでもう大分良いので、簡単なお手伝い、させて頂いても平気、です……?」
「ああ、谷裂から聞いている。そうだな……。確かに過保護すぎるのも問題だ」
「ハイ、ソウ、デスネ……」

もう何も言うまい、これ以上体の温度が上がったら一生戻らないような気がしたから、夜子はそのまま目を閉じた。


----------
20170604:別に私は平腹くんのことを忘れていないのでご安心下さい

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -