獄都事変 | ナノ


一輪の花を君へ15 / 田噛  




眠っている夜子を覗き込む。
抹本の調合したやばそうな飲み物には、睡眠薬も入っていたらしい。
木舌はじっと眠る夜子にただただ熱い視線を送っており、うざいにも程があったため、頭を叩いて部屋の外へ放り出した。
そうして木舌を放り出したが、田噛もまた、夜子を見つめる。
倒れた時の死にそうな様子はほとんどないものの、まだ顔色は悪いし。

「……」

ぴとり、と、額に触れる。まだ熱い。

「田噛、先輩?」

田噛はそっと手を離すが、夜子の目は薄く開かれていた。
この程度のことで目を覚ますとは思わなかった。
夜子にも抹本にも、悪いことをしてしまった。
あるいは、夜子を寝かせておこうとただ舐め回すような視線を送っていた木舌にも、悪いかもしれない。
木舌に謝る気は起きないが、夜子には声をかけなければ。

「悪ぃ」

出てきた言葉はそれだけだったが、夜子はどうにかにこりと笑った。
いつも通りだ。
それが、ひどく痛い。

「大丈夫です……、それにしても、いろんな先輩が来てくれるんですね……」

夜子はそっと目を閉じて、穏やかな声音でそう言った。

「そんなもん、当たり前だろ」

田噛は、何を言っているのかわからない、と、視線を横へ流して、眉間にシワを寄せて、若干だるそうにそう言った。
当然のことを聞くな、と。
そんな表情をしていた。

「当たり前、ですか?」

夜子にとっては当たり前ではない。
けれど、自分もきっと獄卒の誰かが倒れたらこうして看病をするのだろうし、他の獄卒もまた倒れたのが夜子でなくとも同じように看病をするのだろう。
そう夜子は思考する。もしそうなら、自分もちゃんと特務室の一員になれていたようだ。

「当たり前だ」

オレンジ色の目が力強い光を放ってこちらを見ている。
もし、田噛が言うように、こうして困った時に助け合えるのが当然であるのなら、それはとても尊い事のように思えた。

「それは、すごく、嬉しいですね……」

むに、と、夜子の頬が軽くつままれる。

「で?」
「?」

頬は痛くないが、その言葉に少し不安になって田噛を見上げる。

「なにか食うか?」

いつもならば、それは夜子が田噛に問う言葉だ。
けれど、なにか、目的は別のところにあるような気がした。
質問の答えとしては、元々食欲はない為、

「あ、いえ、大丈夫です」

となるわけであるが、田噛は頬をつまんでいた手を離して、傍らにおいてある椅子から立ち上がり、もう一つ。

「なら、なんか取ってきてやろうか」

特に必要と思うものは、思いつかなかった。

「特に、取ってきていただくようなものは……」
「……」

田噛は黙って、夜子を見つめる。
怒ってはいないが、その感情が読めずに、ひとまず、厚意に対してなにも応えることが出来なかったのがまずかった、として。

「あ、すいません、その、折角の」
「じゃあ。寝るか」

そんな話ではなかったらしい。
最も、何かを我慢していたのだとしたら、田噛はそれなりに怒ったのだろうけれど。

「え」

差し出されたのは、
ほんの少し白く濁った液体。

「ん、水分は取れ」
「あ、はい」

体を起こすとそれを受け取って、口へ近付ける。
おかしな匂いはしない。
色も、普通のスポーツドリンクの色だ。
一口飲む。
スポーツドリンクとはこんなに良いものだっただろうか。
軽い感動を覚えながら、夜子はそれを飲み干した。

「飲んだか?」
「はい、スポーツドリンクってこんなにおいしかったんですね」

抹本は相変わらず栄養ドリンクを作っては谷裂や他の獄卒に試飲させているのだが、そんな固形のものでは飲んだ気がしないだろうと言いくるめた。
するり、と田噛との距離が近くなる。

「ならもういいな」
「え、え?」

とても自然な動作でベッドに潜り込んで、夜子の隣で横になった。
田噛のオレンジの両目がやけに近い。

「あの、これは、いったい……?」

夜子は混乱していたが、田噛は夜子の後頭部を抑えて引き寄せ、目を閉じた。
田噛の匂いがする。
表情はわからなくなってしまった。

「寝るぞ」
「いや、確かに寝るしかないような格好ではありますが」

とてもあたたかい。
だが、これは風邪であると聞いた。となれば、他のものに移してしまう可能性だってある。
躊躇う夜子に、田噛は言う。

「夜子」
「は、はい」

声は田噛の胸のあたりにあたって少し曇る。
さらり、と田噛の指先が髪に絡む。

「今度、甘いもんでもおごってやる」
「え、いえ……、その、」
「あ?」
「おごらなければいけないのは、わたしの方では」
「なんでだよ」
「こんなふうに、迷惑をかけて」
「このくらいは、なんてことねえよ」

あまりに強い言葉に、否定もできなくなる。
言葉に相反して、触れる手のひらはひどく優しいものだった。

「お前の隣は、楽だ」

田噛は薄く目を開いて、夜子を見下ろす。
田噛からも、夜子がどんな顔をしているかわからない。

「だから、このくらいのことは、いつでもしてやる」

けれど、触れている手から、夜子の体から力が抜けるのがわかった。

「前向きに、捉えてもいいですか」
「前向き以外にどう捉えんだ」

それから数秒、カチカチと時計の音だけが空間をさまよって。

「とはいえ、心臓に悪い、もう倒れんな。体がおかしかったらすぐ言え」

田噛は再び目を閉じる。
夜子が軽く笑っているのがわかる。

「はい」
「怪我もすんな」
「それは、でも」
「できるだろ。返事」
「は、はい。気をつけます」
「よし」

怪我をするな。
夜子はぼんやりと、なんだか聞きなれない言葉だなと考えていた。

「おやすみ」
「あ、はい、おやすみなさい」

斬島が起こしに来るまで、2人はそうして眠っていた。



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20161020:たぶん夢主も田噛といるのは楽だと思ってる

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