獄都事変 | ナノ


一輪の花を君へ12 / 佐疫  




今日の夜子は、朝、日が登るより早く仕事から帰ったと思えばすぐにシャワーを浴びて眠ったようだった。
しかし、それも2時間ほどだ。
自分の早朝トレーニングの後に、谷裂の鍛錬に付き合って、それからまたシャワーを浴びて朝食を取りに来た。
それからすぐに肋角に呼ばれて仕事に出ていき、夕方前には帰ってきた。それから手早く報告を済ませて、夕方の鍛錬時には斬島に捕まっていて、それが終わると災藤に呼ばれ、事務関係の仕事をこなしていた。夕食の席にはいなかった。
そんな日々が、大分続いたある日のこと。

「夜子。手合わせをしろ」
「それはいいんですけど、今すこ、し……」

いつもの調子で笑顔ではあったものの、そのままばたりと前に倒れた。

「え」

その驚きの声は、今となっては誰が発したかわからない。
夜子は遠くに居たせいでだれも支えることが出来ずに、廊下にベタりと沈んでいる。
動かない。
声も出さない。

「谷裂おまえ、なに夜子殺してんの!!?」
「見ていなかったのか、お、俺は何もしていない!」

倒れたり転んだり、夜子は動ける状態ならば無理をしてでも大丈夫だと笑ってみせる。
だからきっと、今夜子は、動かないのではなく、動けない。
意外にも田噛が一番にそばへ寄って、夜子を抱き起こす。

「………あちぃ」
「ほんとだ、熱がある……!」
「夜子死ぬ!?」
「縁起でもないことを言うな平腹」
「あれ、みんな集まってどうしって、夜子? どうしたの? 飲みすぎ?」
「黙っていろ木舌」
「谷裂はどうしてそう辛辣なの」

田噛の腕の中で荒い息を繰り返す。

「……とりあえず寝かせるか」
「それはいいけど、そっちは田噛の部屋の方じゃないか……、夜子の部屋はこっち!」
「チッ」
「こらこら、舌打ちしないの。あ、もしかしたら俺が運んだほうがいいかも。替わろうか?」
「殺すぞ木舌……」
「なんなのもう……」
「夜子ー?! 大丈夫かー?!!」
「ちょっともうそんなに騒がしくしたら……」

ふ、と夜子の意識が戻る。
薄らと目を開いて、ぼんやりと状況を確認する。
夜子は、どうやらここは安全なようだ、と思う。

「ありがとうございます、田噛先輩……」

夜子はするりと田噛の腕から離れて、右手のひらを額に当てる。なるほど確かに熱持っているけれど、そう騒ぐ程の熱でもない。
視界もはっきりしてきたし、立つことも歩くこともできる。
これなら、問題は無い。

「大丈夫です」

夜子は本心からそう思って、そう言っているが、意識は混濁しているらしかった。
明らかに様子がおかしい。
一体何と闘っているのか、その瞳に浮かぶ光が普通ではない。

「大丈夫なわけないでしょ? 倒れたんだよ? ほら、部屋で寝てていいから」
「部屋…………?」

少し俯いて動こうとしない夜子。
部屋なんて。
あっただろうか。
夜子はやはりぼうっとしているし、ベッドに縛り付けてでも寝かせなければ、と佐疫は思う。

「わたし、は」

ぐらりと、また倒れてしまった体を今度はしっかり佐疫が支えた。

「まったくもう……」

こんなになってまでなにかをしようとするなんて。
けれど、あの姿は、何かをしようとしていたというよりは、何かをしていなければいけないと思っていたと、そういう表現の方が妥当であるように感じた。
まるで何かに強いられるように、夜子は1人で歩きだそうとしていた。
痛々しくて、胸のあたりがえぐられるように痛む。
佐疫は夜子を抱き上げると、大きすぎない声で言う。

「谷裂、斬島と一緒に肋角さんにこのことを伝えてくれる?」
「わかった」
「伝えてこよう」
「田噛は氷枕とかタオルとか持って来て」
「ああ」
「佐疫ぃー! オレは!!?」
「木舌、ちょっと平腹を抑えておいて」
「うん、そうだね…………」

木舌と平腹以外はそれぞれ違う方向へぱたぱたと駆けて行って、佐疫は一つ息を吐いた後に夜子を抱え直して夜子の部屋へ向かう。
部屋は、色々なものがある割には片付いていて小綺麗な印象。
入ったのははじめてではないのだが、今日はやけに部屋が静かだ。
そっとベッドに寝かせると、夜子は少しだけ表情を和らげた。

「抹本に連絡しなきゃね……」

田噛が来たら、少しの間看病を任せて抹本に連絡を取りに行こう。今は病院に居るだろうから、ついでに何かいい薬も作ってもらえたらいいが。
遠くでなにやら騒音が聞こえるのが、今は、聞かなかったことにした。


□ □ □


それからの方が大変だった。
抹本と先生を呼んで診てもらうと、夜子のこれは、今流行りの高熱を伴う風邪だろうという話になった。
症状としては、からだのだるさと高熱。
どうしてもっとはやくに来なかったのかと、ここまで悪化する前にも熱はあったはずで、こんなになるまで無理をするものじゃない、こんなふうになってしまったら治るまでしばらくかかる、と。
先生は言った後に、落ち着いたら、夜子にしっかり言い聞かせるようにと息を吐いた。
先生はすぐに病院へ戻ったが、抹本は執務室へ残って。

「と、とりあえず、熱を下げる薬と、うなされてるみたいだから……えっと、これも……、あと、多分この服じゃ寝づらいよ……他の部屋着とか」

黙って抹本の話を聞いていたが、その当たりから軽い乱闘がはじまりあまり記憶が無い。
割って入った肋角により暴走は収まり、災藤の提案で時間制で順番にという話になった。
着替えはもちろん、キリカとあやこが担当する。
それから肋角は、意識が混濁しているとなると、ふらふらと外へ出て行きかねないから、そのあたりの警戒も一応しておくようにと声をかけて、自らの執務室へ戻って行った。
今日のところは、佐疫が見ておくこととなった為、相変わらずにつらそうに眠る夜子の傍らで、冷たいタオルを絞っていた。
夜子はどうにも眠りが浅いらしく、何度も何度も目を覚ます。

「もしかしたら、ずっとちゃんと眠れていなかったのかな……」

けれど、田噛と座椅子に挟まれて眠っていた時は、気持ち良さそうに寝ていたし、外套でまとめて運んでも起きなかった。
ベッドよりも、座椅子の方がいいのだろうか。
いや、そんなはずはない……。
佐疫は軽く首を振って、自分には何が出来るのか考える。
不意に、夜子の体がぴくりと震えて眉間に皺が寄る。
そっと布団の端をめくって、いつもよりも白くなった手を握る。
すくうようにもう片方の手も添えると、少し、ほんの少しだけ体から力が抜けた気がした。

「……?」

起きてしまった気配はないが、口が数度動く。
何か言ったようだ。

「さ、えき、先輩……」

同じくらいかそれ以上か。
ぐあっと熱が体をめぐって、夜子の体温の高さが一瞬わからなくなった。
起きてはいない。
夢でも見ているのだろうか。

「夜子、元気になったらお説教だけど、今はここにいるからね」

眠っていても近くの者がわかってしまう程に気を張っている可能性については、考えないことにした。

「辛い時は、ゆっくり休んでいいんだよ」

こんなことを言っても、きっと彼女はまた倒れるまで言わなそうだけれど。
それでも、どうにか、みんながこの少女を大切にしているということが、どうかうまく、伝わればいいと願った。
ふ、と夜子はまた目を開けてしまう。
夢と現の間を行き来する夜子。
夜子には、自分をそっと覗き込む佐疫はどう映っていたのだろうか。
すこしだけ、体の向きを変えて、空いている方の手を伸ばす。
暑い指先が佐疫の頬に触れる。

「大丈夫です、わたしは、大丈夫ですよ」

その笑顔は穏やかで、草花の間をすり抜ける風のようだと言うのに、ひどく目の奥のほうが熱をもつ。
言葉を失っていると、夜子は気絶する様に眠った。
ぱたり、と力がなくなる手には、やっぱり、どうあっても不安になって。

「はやく、元気になろうね」

声はきっと、この部屋の熱に溶かされて消えた。


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20161014:体調管理編……?

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