獄都事変 | ナノ


一輪の花を君へ11 / 災藤  




獄都の、ある商店街。
カラオケ大会にこっそりと混ざり、場を盛り上げている夜子を見つけた。
災藤は楽しそうにする夜子の姿を微笑ましく思うが、反面、本当に色々なことをしているな、と感心してしまう。
そう言えば館を出る時に、木舌に「夜子を見ませんでしたか? 今日こそは一緒に飲もうと思ったのに」と、声をかけられていた。
夜子は1日休みを貰えると早朝からどこかへ出かけることが多い為、当日ではなかなか予約が取れない。

「どうしようかな」

笑顔で観客に歌を届ける夜子を、見なかったことにするべきか、それとももう少し近くへ行ってみるべきか。
悩んでいたが、災藤をはじめ特務室の面々は制服を着ているとあまり周囲に溶け込めない。昼間の、こんな時間なら尚更だった。
加えてほかの人形の者達よりもひとまわり大きい災藤の姿は、なかなかに目立っていると言えた。

「……気づかないものだね」

それはそのとおりで、実際通りかかる者達はチラチラとこちらを見る。
夜子は出番が終わるとそのままステージを降りてきて。

「あ、れ。災藤さん。こんにちは」
「こんにちは」

こちらに気付くと、挨拶を一つ。
それを災藤も返すと、つう、と沈黙が流れていく。
夜子はバツが悪そうに視線をそらして、首を傾け、そのあと困ったような笑顔で災藤を見上げた。

「み、てました、よね?」
「ああ。良かったよ」

にこり、と微笑まれてのその感想には諦めるしかない。
しかし完全にいつもの自分ではない自分を見られてしまった為、恥ずかしさのすべてを払拭できはしないのである。
夜子の頬は少し赤い。

「最近はまっててよく歌いに行ったり習いに行ったりしてたんですけど……、災藤さんにそう言っていただけると一層自信になります……」
「ふふ、そう恥ずかしがるようなこともないだろう? ところで、あれは商品が出る大会のようだけれど、最後までいなくてもいいのかい?」

電柱に貼られているポスターには、優勝者には商品券をプレゼント、と書かれている。
夜子は何も商品券が欲しくて参加したようではないらしい。

「あ、はい。いいんです。楽しかったのでそれだけで……」
「なるほどね。それは君らしい……」

確かに、夜子は舞台の上でただただ楽しんでいた。
そろそろ、羞恥心も薄れてきたらしく、夜子はぱっと顔をあげる。
楽しそうに微笑む姿は、地獄の鬼とは思えなかった。

「それに、今日はこれから館に戻ってキリカさんとあやこさんに遊んでいただけることになっているんです」
「おや、そうなのかい。それなら、一緒に帰ろうか。私も今から館へ戻るところだ」
「はい、是非! あ、お荷物お持ちします!」

夜子は今日はオフだろうに。
まるで仕事中と変わらない態度で災藤に接していた。
少しだけ距離があるように感じるが、災藤は気にならなかったフリをして笑う。

「ふふ、ありがとう。でも大丈夫。こんな時まで気を遣わなくていいんだよ」

夜子は、へらりと笑って頭を下げる。
なんだか難しい。そんな顔だ。

「すいません」

本当に希にだが、その場に居づらそうにしていることがある。そんな時は、無表情のような笑顔でそっとその場を離れている。
彼女はなんだかんだいろいろ卒なくこなしてしまうが、根本的には個人主義なのだろう。
災藤はそう思っている。

「謝ることがあるかい? でも、そうだな、それなら代わりに、なにかみんなに土産を買って帰ろうと思うんだけれど、夜子、いい店を知らないかい?」

そう思うけれど、夜子を構わずにはいられない。
こうして誘えば、夜子は目を輝かせて考え出す。人といるのが嫌いな訳では無い。
ただ時折、わからなくなるのだろう。
そんなものは、自然なことだ。彼女にはどうにも、その感覚が慣れないようだけれど。

「んー、そういうことなら、えーと、美味しくて、いろんな種類のラングドシャを出しているお店がありますよ」
「では、そこへ行こうか」
「はい!」

みんなこの笑顔が好きなのだ。
あっちです、と指さす夜子は楽しそうにしていて、見ているだけで満足だった。
いろいろなことに挑戦する彼女は見ていて飽きないし、そっと背中を押してやりたくなる。
不安そうにしていると、大丈夫だからと頭を撫でてやりたくなる。
強くてしっかりしていてなんでもできる彼女なのに。どうしてか、少しもほうっておけなかった。


□ □ □


「沢山買えましたね」
「ああ。あの子達も喜んでくれるだろう」

夜子は、店から出た後も荷物持ちを買って出たが、災藤がそれを許さなかった。
夜子はまた、複雑そうな笑顔で「すいません」と謝っていた。

「ところで、キリカとあやこに何を習うんだい?」

災藤の言葉に、夜子は少しだけ答えずらそうに視線をそらす。
右手の、指先は左手の指先と絡まって、ぐるぐると動いている。
あー、とか、うーとか言った後に、指先をするりと離して、その片方を、首を傾けて落ちてきた自らの髪へ。

「少し、髪を」
「おや。切ってしまうのかい?」
「いえ、俗に言うヘアアレンジというやつをですね……」

習おうかと。
と、夜子は照れたまま笑ってこちらを見上げる。

「そうかい」

かわいくありたい、という心からだろうか。
それとも、単純に面白そうだからだろうか。
あるいは。
災藤がすう、と目をほそめると、その視線に夜子は何を感じたのか慌てて首と手を振る。

「あ、キリカさんとあやこさんの邪魔はしてませんよ! 今日は朝からいろいろと済ませて、この後も手伝って、それから空いた時間に遊んで頂く予定なだけなので、えーっと、キリカさんとあやこさんの仕事に支障はないはず、で」

もし夜子に、自分を少しでもよく見せたい、なんて思う特別な相手が居たのなら。
そんなことを考えていたら表情が険しくなっていたらしい。
少し反省したのち、できる限り、いつものように笑って見せた。

「ふふ、わかっているさ。私はそんなことを心配したわけではないよ」
「そう、でしたか……?」
「もちろん」

嘘は言っていない。
三人が集まって髪をいじるとしたら、夜子の部屋でその講座は開かれるのだろうか。食堂の隅かも知れないし、もしかしたら、外にでて庭で行うのかもしれない。今日はとても天気が良い。
先ほど買った土産を差し入れるという名目で、夜子のいつもと違う姿を見に行こう。
災藤はそれだけ決めると、夜子との会話を再開させた。

「好きなことがそんなにもあると大変じゃないかい?」

それは素朴な疑問だったが。

「あ、こういうのを、この世では浮気性って言うらしいです」

思わぬ言葉に、なんと返そうか迷ってしまう。
浮気性、だとは思わないが、夜子の今の状況を考えると、その言葉は、別の意味に聴こえてくる。

「それはまた、なんと言うか」
「?」

他の獄卒が聞いたら、複雑に思うような自己評価だ。

「……いいや、それは少し違うんじゃないかい?」

ややあってそう否定すると、夜子はきょとりと首を傾げる。

「そうですか?」

災藤は見上げる夜子を撫でてやろうかと手を動かしたが、がさがさと紙袋で手が塞がっていた為、やめておいた。
それでも、荷物を持ってもらおうとは思わないが、少し残念だ。

「ああ。そんな言葉で行動を制限してしまうのは勿体ないよ」

夜子はまだ、この世にもあの世にも慣れていない。
肋角が見つけた時には、既にとんでもなく強かった彼女。肋角がぼやくように、「一体どれだけのものを投げ打ってきたか」と言ったのを覚えている。
災藤は暗に、「好きにやったらいい」と言っていて、その言葉は夜子に意図通りに伝わった。

「!」

ぱ、と目を輝かせて、弾けるように笑っていた。

「ありがとうございます、ではこれからも隙あらばいろいろやってみますね」
「そう言うのは、好奇心旺盛と言うんだよ」

夜子は、たしかにそちらの表現の方が自分に合っていると感じたのか、適切な評価に嬉しそうにしている。
だからそれは、なんてことはない、ただの世間話の延長だった。

「これからはそれでいきます。凝り性だって言われたことはありますけどね」

災藤もそのつもりだった。
ただ、夜子に対して「凝り性」と言う言葉を使う獄卒がぱっと思い浮かばずに、だから、やっぱりそれは、素朴な疑問だったのだ。

「へえ、誰にだい?」

誰に。

「誰に…………?」

その問に、夜子はじっと考え出す。
途端に深刻そうな夜子の様子に、災藤は、答えを聞いたところで知っているものではない可能性に行き着いた。
この反応は。

「夜子」

名前を呼ぶが、夜子はどこか遠くを見つめていて、まるでここにはいないかのように考え続ける。

「これは、誰、だっけ」

なんだか温かいような記憶だ。これはたぶん、本当に片手で数えるくらいしかできなかった、数少ない友人の記憶。
その人は自分とは別の分野のことが得意だったけれど、夜子が興味を持つとそれについて教えてくれて、夜子が熱心に真似る姿を見て。

「あれは……」

その人とは、どうして最後の時に一緒にいなかったのか。

「夜子」

災藤はとうとう夜子の肩を掴む。

「あ、すみません。そうですね、まあ、表現の仕方なんていろいろですよね」

こちらにもどってきた夜子はそう何事も無かったように笑ったが、少しだけ顔色が悪い。
言う言葉も、いまいち前後の繋がりとあっていなかった。

「……ああ。そうだね」

それからは、お互いに何を切り出すべきかわからずに歩き出す。
先に、沈黙に紛れるように声を出したのは、夜子だった。

「災藤さん」
「なんだい?」

そっと、夜子は災藤の方へ手のひらを差し出す。

「やっぱり少し、荷物を持たせてください」

3度目の申し出。
3度目も断りたいところではあったが、夜子があまりに悲しそうに笑うから。
一番軽い、先程買った土産の紙袋を渡した。

「すいません、ありがとうございます」

災藤には、見えずらくてどう超えたらいいのか分からない壁、が、そこにあるように見えた。


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20161012:災藤さんもっと喋ってくれないとキャラクターがわからないよ……

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