獄都事変 | ナノ


一輪の花を君へ09 / 斬島  




「少し、寄り道をしないか」

その提案は、真面目な彼にしてはとても珍しい提案だった。

「付き合ってほしい場所がある」

表情を変えずにそこまで言った斬島を、夜子はじっと眺めていた。昨日飲まされたプロテインの感覚もほぼ消えて、いつもの調子をようやく取り戻した所だった。
閻魔庁からの帰り道、もう少しでオレンジ色に空が染まる、そんな時間の出来事である。
あとは帰って報告するだけ。
そう話していたところで、斬島は徐にそう言った。

「はい、何処に寄るんですか?」

余程のことがない限り、夜子は他の者の頼みを断らない。
多少の悪巧みには手を貸すし、真面目なものには真面目に対応する。
夜子はにこりと笑って嬉しそうであった。
誰かが一緒にいる時は同行者の行動に合わせているようだが、1人でふらふらと出かける時は、色んなところに寄っているようで、こっそりいろんな菓子を買ったりイベントに参加したりしていると話を聞いた。
だから、断られることはないだろうと思ってはいたが、その二つ返事にほんの少しだけ肩の力が抜けた。
貴方とは行きたくない、なんて言われるところは、想像するだけで内蔵の重量が増すような不快感に襲われた。

「服を」
「服! いいですね! どんな店に行きますか?」
「それなんだが」
「はい」
「選んでくれないか」
「え」
「夜子が、選んでくれ」
「そ、それはその、店すらも……?」
「駄目か」
「駄目ではない、ですけど……、私が選んだら私の好みの服になっちゃいますよ……?」
「構わない。夜子の好きなものを選んでくれ。あまり値の張るものだと困るが……」
「んー……」

服を選ぶ。
夜子は少し俯いて、こんな重大なことを引き受けていいものかと思案する。
確かに、流行りのものやセンスのいいと言われるものは雑誌を見たりして研究してはいる。しかし、自分の服はともかく他の、しかも男物となると難しい気もした。
つまり、自信が無い。
ちらり、と斬島を見る。

「…………」

何を着せても似合いそうな背丈ではあるし、実際ちゃんと着こなしてくれるだろう。
あまりにも夜子が考えているので、斬島はなにかまずかっただろうかと不安そうな顔をする。
それを見て、夜子は慌てて。

「行きましょう! できる限り頑張ります!」

と、勢いしかない返事をした。
斬島はそれを聞くと、ふわりと表情を和らげて、「助かる」と言った。
引き受けたものはどうにか形にしなければ引き下がれない。時間もあまりない。
あまり遅くならないうちに帰りたいところだ。
それは恐らく斬島も思っているだろう。
夜子はまず、イメージを作るところからはじめることにした。
が。

「動きやすいほうがいいですよね」
「夜子の好みに任せる」
「好きな色とか、ブランドとか」
「夜子が好きなものでいい」
「……かっこいい系とか、カワイイ系とか、そう言うのは」
「夜子がいいと思うものを頼む」

完全に丸投げであった。
正直今までこなしてきたどの任務よりも難題で、こっそり頭を抱える。
どうしよう。
いや、もうこうなればいっそ、本当に自分の好みでまとめて、いつも見る度かっこいいなと思う店で揃えてしまおうか。
夜子は開き直り気味にそこまで思うと。
それでいこうと決定した。
ここまで投げられては、深く考えてもどうしようもない。
彼から「夜子に任せる」以外の言葉を引き出せるとは思えなかった。
しばらく歩いて、夜子は1件の店を指さした。

「よし! ここで決めましょう!」
「ああ」

とは言ったが、結局夜子は迷い倒した挙句決められず、「すいません、別の店でも……」と泣きそうになりながら言った。
斬島は「構わない」と頷いたが、予想以上の難題に、夜子は気合を入れ直す。
彼は何でも似合うのだが、普段使うものを選ぶと言うのはこんなに重圧のかかるものだったのか。夜子はとにかく必死に服を物色していた。

「闇雲に探してもダメですね、なにか、これで行こうって言うのをひとつ見つけないと……」

夜子の鬼気迫る独り言を隣で聞いている。
斬島は彼女が、こんなに苦戦している姿をはじめて見た。
苦戦していることはわかる。もういい、と言ってしまうのが勿体なくて、すっかり悩み倒す彼女をただ眺めていた。
夜子は今、一心に斬島のことを考えている。
なかなか気分が良くて、本日の仕事の疲れはとうの昔にどこかへ飛び去ってしまった。
それは今夜子の背にプレッシャーと名を変えてのしかかっているのだが。

「なにがいいですかね……? レザージャケットがいいかと思ったけどテーラードジャケットもいいような気が……、あえてスカジャン? あー、なんでも有りでなんでも無しなような気がしてくる……、けど斬島先輩、斬島先輩が着ていたら嬉しい服……考えれば考えるだけわからなくなる……」

ぶつぶつと呟く。
悩んでくれるのが嬉しいなんて、薄情だろうか。否、それとは全く真逆のものである気がする。
胸の奥が、じわじわと熱くなる。
もし、このまま夜子が服を選べず次に持ち越しとなったなら、またこうして、出掛けることが出来るのだろうか。
もしそうなら。
今日は。

「あ!!」
「…………どうした」
「これ、これどうですか!? 着てみましょう! えーっと上がこれなら下は、あ、ズボンの色、は……、黒、いや、カーキ? でも制服と同じに……いや、カーキの方が好きかも……うん、これにして。で、靴はこれ……! すみませーん! 試着させて下さい!!!」

夜子はもう半分くらい目を回していたようで、斬島を店員さんに預けると試着室前の椅子に座って腰を折り曲げ額のあたりを両手で支えて、下腹部あたりまで溜まっていた重苦しい空気をすべて吐き出した。
ふー、と長い溜息は店員に聞かれており、くすりと笑われた。
普段ならば微笑み返すところであるが、今回ばかりは気付かなかったこととして、そのまま暫くじっとしていて、それからぐう、と腰を伸ばした。

「夜子」
「っは、はい! ここに居ますよ! サイズとか大丈夫でしたか?」
「ああ。……開けるぞ?」
「どうぞ!」

しゃ、とカーテンは開いて、制服ではない斬島が現れる。

「……わ、わたしは、とてもいいと思って選んだんですけど、どう、ですかね?」
「夜子はどう思う?」
「え、いや、いいと思います」
「それは、どういう意味だ?」
「ど、どういう意味……? あの、普通に、良いと」
「普通?」
「かっこいいですよ。……ちょっと今のわたしの言葉あまりあてにならないんですが……はい、かっこいいと思います」
「そうか。ならこれにしよう」
「ほ、ほんとにいいですか?」
「? ああ、やはりやめておくか?」

夜子はもう1度斬島を見上げる。
カーキの、あまりだらりとしすぎないパンツに、黒いつるりとした靴。
散々悩んだアウターは夜子の独断と偏見で首元に余裕のある黒いパーカーだ。
だらりと、しすぎずスマートなシルエット。上までかっちりしめた時にパーカーの部分からたれている紐は安っぽくない白のデザインで、また下を向いた時に口元が隠れるところにかわいさが見え隠れして大変良いのではないかと、やはり思う。
可愛すぎず男っぽ過ぎず。
夜子は一つ頷いた。

「いえ、大丈夫だと、わたしは思います」
「そうか。ありがとう」
「とんでもございません……、むしろこんな時間になってしまってすみません……、何も無かったらなにかご飯作りますね……」
「それは、」

なれない服に斬島も緊張気味だったのか、今少しだけ空気が和らぐ。
ゆっくりと謝った時に下げた頭をあげて、思わずドキリとする。

「至れり尽くせりだな」

なんのことやら。けれど、そう斬島が笑ったので、夜子も力の抜けた笑顔を返した。
夜子が、もし次、があった時のために今まで以上にメンズのファッション誌を立ち読みし、勉強するようになったのは、言うまでもないことであった。


------
20161009:もうやめて……こんなセンスがないことがバレる小説を書くのは……すいませんでした……でも斬島くんなんでも似合うと思う。ほんとに。

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -