その他夢 | ナノ






なまえと出会ったのはもう随分と前になるが、なまえはいつまで経っても変わらない。暖かくてひたすら甘い。ギラギラした人を誘うような甘さではなく、その砂糖の量はきっと対峙する人間によって違う。
だから全員が思うのだ。
こいつの隣はどうしてか居心地が良い、と。
旅を始めてからは特に。更には触れたらどれだけ安心するだろう、と、奴らは虎視眈々と狙っている。悟空に八戒はまだしも悟浄はそれはそれは露骨であった。
なまえもなまえでよほどのことがなければ大人しく触られているのだから困ったものだ。

「おい」
「うん?」

だから、こんなチャンスはそうそうない。
ヤツらは全員出払っていて、宿には俺たち二人だけだ。かつてはこの風景が当たり前だったけれど、随分と久しいことのように思えた。
俺が呼ぶと、なまえはふらふらとこちらに寄ってくる。
ピタリと足を止める、その位置が以前よりも遠いことに、直接脳髄になにか詰められたような不快感。苛立ちのまま舌打ちをすると、なまえは困ったように笑っていた。

「あはは、ごめん、私なにかした?」
「わからねえのに謝るんじゃねえ」
「んー……?」

不当に苛立ちをぶつけられているのをわかっているなまえは気にもとめずにソファに座る俺の前に立ったまま。
「座れ」と言うとまた言われるままにその場に座った。そこではない。また、眉間のあたりに力が入る。

「……もしかして、隣だった?」
「さっきからずっとそう言ってるだろうが」
「あ、はい……」

なまえはとす、と隣に座ると俺の手元にある新聞を見ていた。
このやろう、と、思うのだが、まあこれはこれでいいかと放っておく。まあこれはこれでいい。隣にいるのならばなんだって。
しばらくは俺もなまえと同じように新聞に目を落として読み進めていた。
ゆっくりとした時間が流れる。
なまえは早くも読み終わったのか飽きたのか、さらりと俺の髪に触れた。
目を合わせると、なまえははっとして、けれど手は相変わらず髪をすくって遊んでいた。

「ごめん、つい」
「……」

謝る気は、そうないらしい。
俺も別に、謝られたって仕方がない。

「昔からほんとに、綺麗な髪だね」
「……」
「あ、綺麗なのは髪だけじゃないんだけどね」

そんなフォローも欲しくはない。
なまえはここではなく過ぎ去ったどこかを見ているようで、そっと目を細めて笑う。

「三蔵はずっときれいな人だから、近くにいるとつい、手が出ちゃって」

飾らないし迷わないし、本当にもう最悪だ。この女はひどく強い。なにせ出会ってから、俺はこいつが折れたり困ったりしているところを見たことがない。
俺も新聞から手を離してなまえへと距離を詰めていく、指先がぺたりとなまえの頬に触れて、ぎゅうと摘むと思ったよりも伸びるのだった。

「はっ……猿より間抜け面だな……」
「ああー、悟空の目はもうねー、宝石か? って感じよね」
「あ?」

そんな話は聞きたくない。というかどう飛んだらそんな話になる。
ぐ、と摘む指に力を込めるとなまえは「痛い痛い」なんて笑うのだった。


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20170712:出会った頃から綺麗だと思っていたけどねって。

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