その他夢 | ナノ






「俺はさ」

黒髪を逆立てた、色の黒い目つきの鋭い少年が言う。私は、この少年が、人間の少年ではないことを知っている。
話がしたいと連れてこられたこの場所は、街を眼下に一望できることと引き換えに、風が強くて、ひどく寒い。
いっそ刺すような冷気に私は自分自身をぎゅっと抱きしめる。
少年は振り返り、にっ、と笑うと、ゆらりと嘘のような赤い炎が彼の体を覆って燃える。炎が風に溶ける頃には少年の見た目はすっかり変わっていた。
赤っぽい肌にキラキラとした金髪。髪型と眼光はそのままだけど色は変わって、服まで先程までとはまるっきり違う。
これが、本来の彼の、エンマ大王としての姿だった。
口を開く彼の言葉を、私はじっと聞いている。
風が強くて、私ではこのビルの屋上に立っているのがやっとだった。

「お前のことを面白いやつだと思ったんだ」

私は何度か彼と話をしたことがある。
気軽くもエンマさんなんて私は呼んで、この人はそれを許してくれていた。

「それから色々考えたんだけど、俺はどうにもお前のことを、さ、その、なんだな、いざ言おうと思うとなかなか難しいものだな」

それは、言わなければいけないの?
私が問うと、エンマさんは少し寂しそうに笑った。
「きっと、ぬらりあたりはうるさいだろうな」そうだと思う、その通りだ、人間贔屓に拍車がかかったとか、そんな体たらくで妖怪と人間を平等に見れるのかとか、そんな言葉が勝手に再生されていく。
こんなに風が強いのに、エンマさんはただのコンクリートを歩くみたいに近付いてくる。

「今、お前は、さ」

目の前に来る、小さな彼は妖怪を統べる王のくせに、たった一つの概念に囚われている。

「いや、お前に好きなやつがいるかどうかなんて、聞いても聞かなくてもどうせ言わずにはいられないんだ。やめておくか。そもそも、こんなまどろっこしいのは、俺の柄じゃあない」

まるで、宝物を見つけたみたいな笑顔で。

「好きなんだ、好きに、なっちまったんだ。なまえ」

難しい話だ。
それはお互いにわかっていて、でも私はこの真っ直ぐすぎる好意を、どうするのかを決めなくちゃいけない。彼はもう決めたのだろう。
それはきっと気のせいだということも出来る。
私は応えられないと真面目に断ることも出来る。
あるいは。
私も好きだと言うことも出来る。

「なまえ」

私からの何かしらの言葉を、彼は待ってる。
胸のあたりをぎゅっと掴む。
うるさいくらいにどくどくと鳴いていて、答えは本当はここにある。きっと同じものを持っている。
考え出すと、涙が溢れる。
体が震えるのは、一体どの気持ちからだろう。
もしかしたら単純に、寒いからかもしれない。もしそうなら、そんなに良いことはないのに。

「私は、」

決まってない。
まだ何も決めてはいないのに。
ああ、一体私は何を言うのだろう。何て答えるのだろう。
戻れない。
後には引けない。
私は、私は。

「っ」

風が強い。
伸ばした手が、肘のあたりからもっていかれそうなくらいに、やけに質量のある風が全身に当たる。
コートがバタバタと翻って、動きずらい。
エンマさんは動かない。
私がそこまで行くのを待っているようだった。
強い瞳に見つめられながら、前に進む。
感じているのは、恐怖心と、これからへの期待。
向けられた気持ちの尊さと、私の彼への気持ちが胸を突く。

「……」

好きだ。私も。けれど。
軽率という禁忌を先に破ったのは彼ではあるが。私まで今思ったことを伝えても良いのだろうか。
言葉がうまく見つからないまま、私と彼との距離はゼロに。
彼は、エンマ大王は、大人しく私に抱きしめられていた。
全ての不安や恐怖を焼いて。
湧き上がるのは。

「きっと、私の方が、好きだよ」

届かないと、届いてはいけないと思っていたのに。

「バカだな、俺はまだなまえに対して思ったことの十分の一も口にしてないぜ」
「そうなの」
「ああ」
「私はなんていうか、世紀の大罪人になったみたい……」
「そうか、どんな気分だ?」
「……案外、悪くないかな」

私はずっと涙を流していて、エンマさんの顔はよく見えない。

「とにかく、がんばるよ」
「ああ、俺もさ。これで、半端なことは許されなくなった」
「あーーーぬらりさんの嫌そうな視線が目に浮かぶ……」
「なんだ、ほかの男の話か?」
「滅相もない……」

はじめから、退路などない。
私は前に進むしかない。
勢いに任せて口をぶつけると、至近距離に見えたエンマさんはいつもより、赤かったようだった。


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20161221:エンマ大王は、イケメンだぞ…。

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