その他夢 | ナノ






玄関の扉を開けると、幼なじみが不敵に笑っていた。

「おめでとう」
「は?」

唐突な言葉に、その一音だけ投げつけると、不敵な笑みはすっかり消えて、俯いたままなにやらごちゃごちゃ言っている。

「……私の記憶が正しければ、本日11月30日は東海林カズマくんの誕生日だったとおもうんだけど違いましたかね……」
「違わねーけど……」
「あ、ですよね……。こちらささやかですがケーキですので召し上がってくださいね」
「……」

幼馴染みは、まだまだ冬はこれからだというのにマフラーに手袋、厚手のコートを着て襲来した。
今からそんな装備では、これからどう冬を乗り切るつもりなのだろう。
俺はそんなことを思いながら、差し出されたケーキを受け取った。

「では寒いのでこれにて、本当におめでとう……」

淡白すぎるにも程がある。
が、おそらくこいつは俺の第一声が「は?」であったことを気にしてさっさと立ち去ろうとしているのだろう。
出不精でいつも家にいるこいつが、わざわざこの寒いのにケーキを用意して俺の家まで来たのである、たったこれだけで満足したはずがない。
それにこのケーキも、とてもじゃないが一人で食べ切れる重さをしていない。

「なまえ」
「はいなんでしょうか…」
「ん」

くい、と顎で上がって行けばいいと示す。
それが伝わらない付き合いではない。
なまえは胸に手を当てて大きく息を吐いた。いちいち大げさなやつである。
腰を前に曲げて嫌な空気をすべて吐き出した後、お気楽な笑顔がこちらを見上げた。
冬も間近だというのに、まるで真夏みたいに笑っていた。

「よかった。引き止められなかったら明日からどうしようかと」
「別に引き止めなくても、お前がなにかしたりする必要はねーだろ」
「実は友人おすすめのお茶も用意してるから、是非一緒に飲もう」
「……お前、俺の誕生日に託けてケーキ食いたかっただけだろ」
「そんな気持ちがなかったわけじゃない」
「ったく……」

家に入れてやればなまえは慣れた様子で茶だのケーキだのの用意をしていく。
紙袋から箱を取り出してあけようとするが、はっとして俺の方を見る。
ちょっとこっちに来いと手招きをされてそちらへ行く。なんだよ、と言葉だけ不満げに言うと、「どうぞ空けて下さい」となまえは頭を下げた。
慣れないことをするからキャラが安定しない。
俺は言われるままケーキの箱を開けてやる。
なるほど、クリームとフルーツが多めの細長いケーキだった。二人で食べる分にはちょうど良さそうだ。
ただ、あとから足したのだろうか、チョコレートのプレートに、やたらと綺麗な文字で「Happy Birthday カズマ」と書かれている。
この文字には見覚えがある。

「お前これ」
「練習した」
「……」
「練習した。褒めてくれても良い」
「いや……」
「ほら」
「ほらじゃねえよ」

頭を叩くと難しい顔のまま「うん」と言った。
褒めたって良かったのにこいつは勝手に俺に逃げ道を用意して、そして勝手に落ち込んでいる。
その割には、そのチョコレートのプレートにはさほど未練は無いらしく、ぱき、と無情に叩き割って半分ずつ乗せた。
名前の書いてある方が俺のらしい。
普通は全部俺に寄越すものではないかと思ったが、それを言うとまた深刻な顔でわかりやくすショックを受けて、自分の取り分を未練たらしく眺めたあとに、俺のケーキの上にさすのだろう、そこまで容易に想像出来て、つくづくこの幼なじみはわかりやすいやつだと思う。
面白い面を見てやるのもよかったが、ケーキを見下ろして得意気にしているからやめておく。
別に俺はこいつが嫌いな訳では無い。
何故未だに俺の誕生日なんてものを律儀に祝いに来るのかわからないが、こいつは祝いに来るのである。
俺は、ひどく安心している。

「なあ」

なまえは振り返って首を傾げる。

「ん?」
「…………なんでも」

最近よく見る真っ直ぐな目。
こいつもこういう目をするんだったと思い出す。
なんでもないと伝えたのに、傾げていた首をさらに傾けて。
はっと真っ直ぐになって言った。

「ああ! ろうそく立てたかった? ごめん、忘れてた」

見当違いにもほどがある。
しかし確かに、誕生日のケーキといえばろうそくを立てて、去年のは確かあったと記憶しているが。
相変わらずどこか抜けている。

「……字の練習はしたのにな」

用意周到なんだか、そうではないんだか。
なまえはがっくりと肩を落として、それでも茶を用意する手は止まっていない。

「……あぁ……カズマおめでとうね……ろうそくはないけど……」
「ほんとにアホだな」
「ありがとう……」
「そうじゃねーだろ……」
「かわりに歌を歌うからね……」
「じゃあ頼むわ」
「え!!?」
「ほい、せーの」

アホなついでにあまり考えてものを言わない。
ただなんとなくの予想と直感だけで生きているせいで、こういうことになるのである。
いつも能天気にふらふらとしているこいつが焦る姿は愉快だった。
歌を要求しつつもどんな反応をするのか楽しみにしていると、俺の声に続いて照れながらも真面目くさって誕生日の歌を歌っていた。
今度はこちらが面食らう番だ。
俺は相当きょとんとしていただろうになまえは最後まで歌いきって、そろりと目をそらしてがくりと両膝両手を床につけた。
両肘まで低く沈んで、両手のひらで頭を抱えていた。
紅茶の匂いと、ケーキの微かな甘い匂いがふわりと漂う。

「な、なんてやつだ……おめでとう……」

なんてやつだはこちらのセリフだし、こんなになるなら歌わなければよかったのに。

「……」

俺が黙っていると、遂に床に額をつけた。

「しかもノーコメント……」

もう耐えられそうにない。
ガキの頃から常々思っているがやはり思う。こいつはどうしてこうも面白いのだろう。
ぴくり、と肺のあたりが引き攣る。
そのあとどっと、空気を吐き出す。

「ぶ、ははははは! ばっかじゃねえの! ホンットお前って、く、はははは!!」

面白くて仕方がない。
なまえは多分俺を見上げて、先ほどのソロライブを聞いていた時の俺と同じ顔をしていただろう。
すっと立ち上がって、よくわからなくても得意気だった。

「なんか知らんけどやったね!」

ぐっと拳を握り楽しそうにしている。
俺は未だに笑いが止まりそうもない。腹を抱えて今度は俺が小さくなる。

「やられたって、ふ、もんじゃねえよ……っ!」

なまえは、なにがそんなにウケているのかわかっていないのだろう、「ありがとう、大丈夫?」なんて言いながら俺の背中を摩っている。
しばらくそうしていて、少しだけ落ち着くと、なまえはぴたりと動きを止めて、おもむろに自分のカバンを漁り出す。
取り出したのはラッピングされた袋。

「そう言えば、これもどうぞ」
「まだなんかあったのか」
「あるある。ほら、誕生日プレゼントです。お納め下さい」
「おう。もらっといてやるよ」

去年はマフラーだった。
今年は手袋かもしれない。
今は開けずになまえに向き直る。

「なあ」
「ん?」
「ありがとな」

今度はちゃんと言うことができた礼に、なまえはにっと不敵に笑った。

「いやあ、大事な幼馴染の誕生日ですから? そりゃあ歌も歌いますよ」
「ろうそくは忘れるけどな」

たったその一言だけで、やはり不敵な笑みは一瞬で消え去ってがっくりと落ち込む。

「……その説は……どうも……」
「いーって」

ろうそくなんてあってもなくても。チョコレートのプレートがあってもなくても。
こうやって俺との繋がりを絶たずに、どんなことがあってもなまえはきっと同じような顔でどこから来るのかわからない自信満々な笑顔で、俺の誕生日を祝うのだろう。

「なまえ」
「ん?」

振り返る顔は本当に間抜けで隙だらけだ。
感情に任せて抱きしめたら、一体どんな顔をするのだろう。
きっと笑えるには違いないのだけれど、抱きしめてしまったらそれは見ることが出来ないな。

「バーカ」

ふ、と笑ってそれだけなげる。
こつんとぶつかった言葉に、なまえは納得がいかないようで考え込みながら、わざわざ少し沈んで言うのである。

「……不当に貶められた……」

不当なものか。
どうせ気付いてないんだろうから、こんなに大事で大切な幼馴染はバカで間違いない。


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20161130:おめでとう! おめでとう!! おめでとう!!!

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