その他夢 | ナノ






「赤司くんってみょうじさんが好きですよね」とは、黒子の言葉である。ほんの少し動揺してしまったがバレていただろうか。「ああ、そうだよ」いつも通りに笑えたはずだが、どうだっただろうか。中学二年の時、図書室でのことだった。黒子はオレの答えを予想していたらしく「だと思いました」と頷いた。応援するとかしないとか、そういう話にはならなかった。それがやや不自然なことだと思ったのは帰宅してからである。思っていたよりもずっと動揺していたらしい。
みょうじなまえは特にバスケ部と関りが深かったわけではない。ただ、黒子の幼馴染で仲が良く、顔を見ることは多かった。学校ですれ違えば挨拶くらいはしたし、雑談程度の話もした。が、クラスが同じだったことすらない。連絡先だって知らない。高校生になってからは、ウインターカップで数度顔を見ただけだ。だと言うのに、黒子に好意を見破られた。流石と言う他ない。あからさまにした覚えはないのだけれど。何故わかったのか聞いておけばよかったかもしれない。
次、顔を合わせるとしたら、また、公式戦の時だろうか。黒子と誠凛へ行った彼女と会うチャンスを作るとしたら、不確定要素も多いが誠凛と練習試合を組むとか。などと、無茶苦茶なことを考えかけてやめる。顔を合わせたとして、挨拶以上、雑談以上の話をできる気がしない。告白の二文字が脳裏をよぎるが論外だ。お互いに、きっと、そんな暇はない。その契約を結ぶことでいくらか安心はできるだろうが。
「あ、赤司くんだ」
だから、こんな風にチャンスを与えられると困ってしまう。古書店からふらりと道に出てきた彼女はオレを見つけるなり気さくに手を挙げた。
「何故」
「ちょっと用事で今日明日と京都に」
「それは?」
「待ち時間出来た時用に読む本忘れて来たから現地調達」
「そう……」
じっと見下ろして考える。「今日」「京都に」リズミカルに返事をされる。びし、と決められたピースサインはなぜだか得意気だ。音が似ているのが面白いのかもしれない。ああ、考える時間が欲しい。
「用事?」
「親戚の家に荷物届けるおつかいだけど、もう終わったから後は観光して明日、東京に帰る予定」
「一人で?」
「なんだやるか?」
「違う。そういう意味ではないんだ」
「わかってるよ」みょうじは笑って薄い紙袋に入った本をリュックに入れた。そういう意味ではない。そうではなくて。
「もしよければ、案内させてくれないか」
「……赤司くんって激忙しいって聞いたことあるけど」
「大丈夫。忙しければそう言っているよ」
遠慮と言うより気使いだろう。嫌がられているという感じでもない。「うーん」彼女の性格的に、一人の方がいい、と言う可能性もあったし、オレからの申し出を無下に断ることは無い可能性も同程度あるように思えた。考えに考えて、彼女は恐縮した様子で頷いた。
「じゃあお願いします。けど無理のない範囲で。ほんと。急用とかできたら適当な場所に放置でいいからね」
「そうさせてもらうから、あまり気を使わないでくれ」
そんなことは絶対にしないけれど、こう言った方が彼女は安心するだろうと考えた。案の定「ならいいや」と身体から力を抜いている。もしかしたら、彼女と仲良くなるにはある程度強引に行く必要があるのかもしれない。
「絶対に行きたいところはあるかい? 行ってみたい場所は?」必要なことを確認して、頭の中でコースを組み立てていく。泊まっている場所も聞いた。
「はぐれた時はここに連絡するように」
「イエッサーボス」
彼女は手際良く、自分の携帯電話にオレの番号を登録して、一度コールする。「かかった?」これでいつでも電話ができるようになった。なってしまったわけだ。
「よろしい」
オレが笑うと、彼女もまたへらりと笑った。隣合って歩いていると、なんだか、今ならなんでも出来そうな、身体を、魂から突き動かすような力が湧き上がってくるようで焦る。予想外のことを持て余してばかりである。オレの内心など知りもしないでみょうじはひたすら上機嫌だ。
「でもこれはデートに見えちゃいますねえ」
「手でも繋ごうか」
「鴨川に等間隔で並ぶやつやりたいな」
ああしまった、冗談みたいに言ったせいで、冗談で返されてしまった。


----
20220717:赤司くんか……

×