その他夢 | ナノ






天気が良くて明るくて、風も強くない。そういう朝だった。コンゴウ集落でさえいくらかカラリとした空気で、海のそばはさぞ気持ちがいいだろう。海辺へ行ってみるのはどうか、となまえを誘いに来たのだが宿舎はまるで使われていないみたいにがらんとしていた。丁度宿舎の前を通りがかったテルが言った。
「なまえはほとんど帰ってきませんからね」
なにか報告がある時か、なにか頼んでいる時か。そういう時でないとヒスイ地方を走り回っている。
「なんだそりゃ」
「警備隊の仕事までしはじめて、一層捕まりにくくなってます」
テルが誇らしげに言うので、おそらく無理をしているという風では無いのだろう。好きなようにやっていると今のようになるという話なのだ。
無闇に探し回るのも時間の無駄だ、ヒスイは広い。書置きでもして帰った方がいいだろう。勝手になまえの宿舎を借りて筆を取る。
「ったく色男を待たせやがって……」
待っていて、今日必ずここへ帰ってくるのなら待つのだけれど。保証がないなら時間の無駄だ。何を書くべきか少し迷う。元気なのは間違いない。なにか手土産でもあれば書きやすかったかもしれない。埋め合わせを要求するような言葉。考えていて、なまえが手紙を読んだ時、無表情でポケットに入れる姿が目に浮かぶ。「あいつはこういうのに重圧を感じるんじゃねえのか」しかたない、と足を向けてはくれるだろうが、それは果たしてオレが望むものかどうか。
考えていると、宿舎にいると勘違いしたカイが部屋に飛び込んできた。挨拶をしてやるとちょっと見た事がないくらい嫌そうな顔をしていた。
書置きにはどうにか「そのうち会いに来いよ」とだけ書いた。



そもそも、恋人であるということが奇跡のような気はしている。時空の裂け目が閉じる前、オレを選んでくれてはいたが、深い意味はないと思っていたのに。全てが終わったあと、ふざけて理由を聞いてみると、なまえはさらりと言ってのけた。
「私は、セキが好きですから」
「は?」
「あはは」と驚いたオレが面白かったのか軽く笑ってツバキに呼ばれて離れて行ったが、オレは一晩寝ずに考え、次の日改めて自分の想いを伝えに行った。なまえは(失礼なことに)心底意外そうな顔で「私ですか」と聞き返した。
「光栄、ですね」
なまえの反応を見るに、オレとどうこうなるとは思っていなかった、と言うよりどうこうなるわけがないと思っていたようだが、オレはこの好機を逃す気はなかった。
自分はいつかいなくなってしまうかもしれないのに、と言う言葉を必死に飲み込みオレの手を取るなまえの姿を、オレは一生忘れないだろう。
だというのに。
一人で居ることにすっかり慣れてしまっているなまえは、会いに行ってもなかなか捕まらない。まだこの件について文句を言ったことはないが、次に会えたら何かしら交渉してみようと思っている。
「その次が、いつになるやら」
リッシ湖の傍で空を見上げると、ふと、ポケモンが飛んでいるのを見つける。「あ?」そのポケモンは優雅に旋回した後、真っ直ぐこちらに降下してくる。回避、と思うが、あのポケモンは。なまえが世話していたような。
結局たいあたりをくらってバランスを崩した。仰向けに倒れたオレの上に、ムックルが降り立ち首を傾げた。
ひと鳴きして、オレの上で跳ねている。「なんだってんだ」起き上がるとようやく、こいつがここへ来た理由を見つけた。
足に、何か筒のようなものがつけられている。取り外すと中から紙が出てきて、そこには文字が書かれている。「セキへ」オレ宛だ。読み上げる。
「今日の夜、リッシ湖のほうへ調査へいきます……」
なまえ、と結ばれた簡素すぎる手紙だ。紙を裏返してみるが、だからなにとか、そういうことは書かれていない。どう書けばいいかわからなかった、と言う線が濃厚で、どう捉えてもいい、とも思ったのだろう。なんて雑な。とは思うが、あの書き置きの返事としてはこれで足りている。
「意外と、癖のある字を書くんだな」
どこからか手紙を届けるために飛んできたムックルの頭を撫でた。
「返事を書くからそこで休んで待っててくんな」
報酬として手持ちのきのみを渡すと喜んで啄み、そして、休憩は十分とばかりに飛び立ってーーっておい!
「こら! 食い逃げすんなっ!」
気持ちよさそうに空へ飛び立ち、手紙だけを残して去って行ってしまった。「ったく」それにしても、ポケモンに手紙を持たせて飛ばすとは。確かに、人間がやるよりずっとはやい。もしかしたら、なまえの世界ではこういうのが日常なのかもしれない。
「仕方ねえから、待っててやるか」
少しだけ、あいつの世界を見られた気がした。


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20220227

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