その他夢 | ナノ






「付き合うことになりました」とそれはもう軽い調子で趙さんは言って、私は隣でクラッカーを発射した。指に挟んで三発一気だ。紙吹雪が舞う。皆はさほど驚かず、困惑するでもなく口々に好き勝手なことを言っていた。「おめでとう」とか「泣かすなよ」とか、足立さんとナンバさんは「結婚まで行くかどうかで賭けようぜ」と賭けを始めてハン・ジュンギは「今度なにかお祝いの品を」と笑顔で言った。それはおかしいと止めたが、不満そうにしていた。
ひやかされたりつつかれたりが落ち着くと、他にも挨拶が必要だからとサバイバーを出た。星龍会とか、ソンヒさんや浜子さんにも言いに行くとして、一番大切そうなところがある。今からはそこへ向かうだろうか。私は隣で伸びをしている趙さんを見上げた。
「まず横浜流氓に行きますか?」
「うーん。まあそれが筋ではあるんだけど、どうしようか迷ってるとこ」
「まあその方が動きやすいこともありますよね、立場的に」
噂は広がって、黙っていても知られてしまうだろうけれど、明言しない方が動きやすいこともあるだろう。私が「うん」と頷くと、趙さんは片方の眉を上げてじっと私を見た。うん? 次に、両肩を掴まれる。
「絶対勘違いしてるから言うけど、俺が気にしてるのは、なまえが俺の女って知れたら更に余計な面倒に巻き込まれるんじゃないかってところだよ」
「ああ、趙さんが軽率に色仕掛けを使えなくなるではなく」
「色仕掛けってなに?」
「私に抜群に効くやつですよ。だからきっと世の女性たちにも等しく効くことでしょうねえ」
「……」
好意を並べるようにして言うと、趙さんは黙ってしまった。沈黙が長すぎて重くなってきた。怒らせただろうか。「趙さん?」趙さんは口元を押さているがにやにやしているのは雰囲気でわかる。
「君は、何をそんなに喜んでいるのかな?」
「エッ」
最近の趙さんは私が折角一人でかみ締めているものを掘り出しては遊んでいる。仕方が無いので白状した。
「俺の女の部分、とか?」
単純に心配して貰えたこと、とか? 紹介されないんだな、と、小さく引っかかったところを的確に拾い上げてくれたこと、とか? 今まさに、喜んでいると見破ってくれたところ、とか。思いつくままあげていくことで誤魔化してしまおうと言う作戦だった。いつもの作戦すぎて効果はなさそうである。
趙さんは私の頬にそっと触れてから「よし」と前を向いた。
「じゃあ横浜流氓に行こうか」
「あっはい、行きます」
「ちなみに、姐さんとか呼ばれるの覚悟してね」
「ワー、堅気ではないという感じしますね」
そしてあまりにも柄ではない。姐さんと言えばソンヒさんとかサッちゃんとか、あのあたりの人のことを言うのだ。私には滲み出ない姐さん感がある。
趙さんがずしりと体重をかけてきた。
どこか不安そうな視線とかち合う。
「なんでもわかってる風の態度とったの謝るから、それは喜んでるのか憂いてるのか教えてくれる?」
わかってくれるとか、わかっているはずとか、そういう意思確認を怠ってはいけないな、と今日も思う。趙さんにばかりやらせているのは卑怯だ。私はぐっと拳を握って勢いよく答えた。
「毎回姐さんはやめてって訂正します」
「ああ、なにもかも楽しんでくれるってことね」
「それを言ったら趙さんも、私みたいなのを恋人にしたと知れたらよく思わない人もいるのでは」
「万人によく思われるなんてどだい無理な話さ。まあ俺は、皆なまえのことを気に入ると思ってるけどね」
「物理的に強いですしね」
喧嘩が強くて良かったと心底思うことはあまりなかったが、今は人より若干喧嘩が強くて本当に良かったと思う。たぶんこれは、趙さんが安心して私を傍に置く理由の一つになったと思うから。ひとりで頷いていると、趙さんはからからと笑いながら言った。
「俺が心底惚れてるしね」
受け止めきれずに黙ってしまった。耳まで真っ赤な自覚がある。趙さんは楽しそうに笑った後に私の手をそっと引いて方向転換した。少し、遠回りするようだ。クールダウンの時間をくれたのだろう。


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2021112

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