その他夢 | ナノ






はじめて会った時、なまえはとても慎重に俺のことを見据えていた。あまりにじっと見つめて来るものだから、噛み付いてやろうか迷ったけれど、出来るだけ見ないようにすることを選んだ。見透かすような瞳は常に凪いでいて、余計なことを口にしない彼女を、既に特別気にしていたように思う。
彼女の家に着くと程なく雨は降り出して「セーフでしたねえ」なんて気楽に笑う彼女に相槌を打った。感情がうまくついてこない。一生、丁度良い男であることを覚悟したのだけれど、最近は彼女もこちらに寄ってくることが多い。「趙さん」と呼ばれて、返事をすると嬉しそうにする。たったそれだけの事を喜んでしまう女の子だ。
ただ、今日はそういう彼女はなりを潜めて、堰を切ったようにこちらへ感情を向けてくる。好意なのか興味なのか微妙なところだが、何もかも分からない子供ではない。ただ何となくそうしているということはないはずだ。
「ピアス触ってもいいですか」
「いいけど、今日はどうしたの」
「うん」
良くも悪くも誰にでも一定だったのに。そのバランスが崩れたのは何故だろう。チャリ、と指先でピアスに触れて遊んでいる。そんな彼女の腰を引き寄せてキスをすると「今日はアルコールの匂いしませんね」と言った。真面目な顔で、俺の肩に手をついている。
「なーんか、慣れてるんだよなあ」
「慣れてませんよ。ただ、趙さんが優しいので調子に乗ってはいるかもしれません」
彼女は慌てて首を振ったが、さほど緊張しているようには見えない。俺がぐっと背を押すと、こちらに再び倒れ込んで来て、こつりと額がぶつかった。
「まあ、もっとドキドキして貰えるように研究しておくよ」
「怖いなあ……」
顔の位置をずらして抱きしめる。胸の厚みの分だけ圧迫感があり、それがまた堪らない。なまえは嫌がらないし、寧ろこの状況を歓迎しているようにも感じる。
「なまえちゃん」
「はい」
「あったかいね」
細い背中に手を置いて、苦しくない程度に抱きしめる。あの匂いはもうしない。今は紗栄子のお下がりを貰って使っているらしい。貰い物とは言え彼女に似合っていた。爽やかな香りが彼女の熱で甘くなる。
「趙さんは」
春日君たちと行動を共にするようになって、すぐに気付いた。誰を前にしても、何を前にしても揺れないでいる姿を見て、ただ強いだけではないのだと。しなやかに日々を生きる彼女はいつでも余裕があるように見えて、そばにいられると安心した。安心して気を抜いていられる。
「趙さん」
「うん。なに?」
誰に対してもそんな風にあれるなまえが、特別な一人を選ぶとしたら。果たしてそれはどんな人間なのだろうか。誰だってあり得るような気がしていた。春日君とだったら見るからに幸せと言う二人が出来上がるだろうし、好んで暗いところへ向かいがちなナンバを否定せずに引っ張り上げるだろうし、足立さんなら、なまえは足立さんに合わせてよりゆったりした彼女になるだろう。ハン・ジュンギは何故かなまえに面白がられているから、ハン・ジュンギといるなまえはいつでも笑っている。もしも俺なら。俺だったなら。
「私、趙さんのこと大好きです」


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20211123

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