その他夢 | ナノ






時間は昼過ぎだが曇っているから肌寒い。映画館の空調が効きすぎていたから余計にそう感じるのかもしれない。私が寒いなあという顔をしたのか、仕草をしたのかわからないが、趙さんは私の手をひょいと掴んで腕を絡めた。くっついている方が暖かい。
ピタリと、くっつく手のひらには安心感さえ覚えて、私は沸き上がる気持ちを誤魔化すように言った。
「手を繋ぐのはもうデフォルトになってしまいましたね」
「だって嫌がらないんだもん」
趙さんは言うが、私の顔色を伺うことを忘れない。自信があるように見えて、私がどんな顔でいるのかしっかり確認してくれている。
「嫌?」
「いいえ」
嫌だと言った事は無いが、仮に言ったとしたら彼は軽い調子で「ごめんごめん」と謝って手を離すのだろう。私に気を使わせないようにと、いつも通りに話し続けてくれるのだろう。
手のひらと手のひらの境界線でジワジワと何かが混ざり続けているのを感じながら歩く。今この異人町の誰よりも、優しくされているという気がした。趙天佑に選ばれなければここにはいない。奇跡みたいだとぼんやり思う。「けど」
「このくらいにしておこうかな。なんだか、深刻になりすぎて死んじゃいそうな顔してるし」
趙さんは私の手を離してそうっと手を抜いていく。今まさに離れるという時に、私は咄嗟に趙さんの手を掴み直した。「あっ」声を出したのは私で、趙さんは驚いて目を丸くしていた。
「あー、えっと、すいません。無意識で」
「恋人になったらいつでも触れるよ」
趙さんは私の手を振り払わずに、もう一度掴んでくれた。言いようのない安堵感が全身を巡る。
「さぞ、大切にしてもらえるんでしょうね」
「また他人事みたいに言って」
仕方ないんだから。趙さんはさらりと私を許してしまった。手を掴んだ理由も聞いてこない。やや湿り気を含んだ、土の匂いのする沈黙が心地良い。
「雨、降ってきそうですね」
「サバイバーまで降らないといいけど」
「あ、私の家近いですけどよかったら、傘でも雨宿りでも」
言ってから、だから私は無神経だとサッちゃんに怒られるし、気を付けろと色んな人に言われるのだ。今日は気付くだけ偉いなあとは思うが、趙さんも同じように思ってくれるかどうかはわからない。
「趙さん……?」
「ごめんごめん。ビックリし過ぎて黙っちゃった」
怒らないな。いや、怒ることにはエネルギーが必要だとわかっている人なのだろう。怒らなければならない時はとことん怖くなれる人だ。
「もう一回言ってくれる?」
その上訂正するチャンスまでくれるらしい。私は数秒考えてから繰り返した。
「サバイバーより私の家の方が近いので、よければ遊びに来ませんか」
色良い返事なら嬉しいと思う。楽しんで貰えたらいい。あまり深く考えずに遊びに来てくれたら。いや、来て欲しいと思っている。何故か? 怖がりながらその思考の泉に足を入れてみる。
「本当に行くけどいいんだね?」
「趙さんさえよければ是非」
知りたいとか。知って欲しいとか。ああ、私はこういう人を好きになるんだなあ。


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20211121

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