その他夢 | ナノ






「あっ、爪綺麗だね」
サッちゃんもソンヒさんも隙がなくいつでも綺麗だが、同じように毎日美しい訳では無い。小さな変化を発見できると嬉しくなるし、自分も頑張らなければという気持ちになる。サッちゃんは得意気に笑った。
「ふっふーん。そうなのよ、昨日新しいやつ買っちゃった」
「自分でやったの?」
「そう。我ながら綺麗にできたわ」
近くで見ると本当に綺麗に塗れている。やったことがないのでわからないが、意外と難しいと言う話を聞いたことがある。
「なまえもやってみたら?」
「やったことないから、道具を揃えるところからやらないと」
「あんたも形から入るタイプよね」
やれやれと肩を竦めて、それからがっと肩を掴まれた。親指を立ててウインクをする。
「でもそれなら丁度いいのがいるじゃない」
「ちょうどよい?」
ちらり、と背後の誰かとアイコンタクトが交わされるのを見た。誰かということもないが。サッちゃんはなんだかんだ趙さんを応援しているらしい。いや、知らない男と付き合うくらいなら趙さんの方が監視しやすいというそれだけの話かもしれないが。
「良しじゃあ俺がお手本見せてあげるねはいこっち座って手出してね」
「ワー一息で」
「じゃ、あとはよろしくね、趙」
「まかされました」
さっさと引き渡された私はテーブル席に向かい合わせに座らせられて、趙さんのネイル教室へ参加することになった。道具を並べて丁寧な手つきで爪の上に筆を滑らせる。
「器用ですね」
「まあ、俺もやってるしね」
鼻歌を歌っている趙さんを正面から見つめる。そう楽しそうにされると私はどうしていいかわからなくなるのだけれど、爪に集中しているのでどれだけでも顔を見つめられる。目鼻立ちがくっきりしていて、表情がコロコロと変わる。作業が終わりに差し掛かっているのを感じて、私も自分の爪に視線を落とす。色は趙さんと同じだが、なにやらキラキラして見える。
「よし、完成」
「ありがとうございます」
「お礼は映画館デートでいいよ」
「それはまあ、はい、いつでも」
「なんだ、そんなに簡単に許可が出るならもっとふっかければ良かったかな?」
「それでその」
正面から指と指の間に趙さんの指が絡んでいて、ぎゅっと握られている。動けないし、趙さんが話してくれそうにないのでこの行動になんの意味があるのか聞いてみる。
「いつまで手を持ってるんですか?」
「乾くまでだよ。ネイルっていうのは実はここからが大変なんだよ」
「そうなんですか」
「ちょっとその辺にぶつけたり触ったりするとぐちゃぐちゃになっちゃうから、乾くまでは我慢だね」
だからといって掴んでおく必要はないと思うが、そういう問題でもないのだろう。私は納得した顔をして自分の爪を見た。自動的に趙さんの爪も視界に入る。同じ色だ。ぴく、と右手の人差し指が動くが、趙さんに押さえつけられているので微かに震えただけだった。
諦めて受け入れていると、体が暖かくなってきた。なんだか体の中の悪いものが溶けてなくなるような感覚だ。
「うーん」
「あれ? 眠くなっちゃったかな?」
「じっとしてるとそうですねえ……」
「起きてないと悪戯しちゃうよ」
「たぶん現在進行形でされてます」
ゴロンと、テーブルの上に上半身を投げ出した。磨かれたテーブルが頬に張り付く。冷たくて気持ちがいい。
「これは必要な時間だよ」
「んー……」
「あらら本当に眠そう」
寝てないの。と趙さんに聞かれた。寝ていないことは無いけれど、寝ていても眠い時は眠い。私はとうとう目を閉じた。手は離してもらえないし、放して欲しくてたまらないという感じでもない。
「乾いたら起こしてください……」
「もっといろいろおしゃべりしようかと思ったのに」
「それは、映画デートで」
「おっ、言ったね。約束だよ?」
んん、と私は返事をした。目が開かない。
「おやすみなさい」
「おやすみ、なまえ」
趙さんが近くにいて手を握ってくれていてあたたかい。何かあっても大抵の事は大丈夫に違いなかった。この人はとてもとても強いひとだ。「もう」わやらかい吐息が聞こえた。
「自由なんだから」
趙さんはたぶん、笑っていたと思う。


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202111121

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