その他夢 | ナノ






どうしたものかと悩んでバー、サバイバーでぼんやりしていたところに、誰より先に現れたのはハン・ジュンギだった。手を振ってそれからとことこと駆け寄った。「こんにちは、なまえさん」と挨拶をしてくれたので「こんにちは、ハン・ジュンギ」と返事をして目的のものを手渡す。
「突然ですがプレゼントです」
「これは、マカロンですか」
「貰ったんだけどここの美味しいやつだから布教活動を」
「ちょうどなにか食べようかと思っていまして、今食べてもいいですか」
「大丈夫。マスターには事前に許可を貰ってます」
「準備が良いですね」
ハン・ジュンギに隣の席をすすめて座らせた。よほどお腹がすいていたのか彼は直ぐに包装を破って食べ始める。何を食べさせても味わって食べているので、彼に食べてもらえるものは幸せだろう。今回のも気に入って貰えたようでぱっと顔が輝く。イケメンのこういう反応は健康に良い。
「美味しいですね、これはソンヒにも教えてあげないと」
「だよねえ。夏は限定のミント味とかも出ててさ。気にしてる内に秋になっちゃって」
「なら来年は、あ」
「うん?」
ハン・ジュンギが私の後ろを見ながら固まった。振り返ろうとしたら、かっと首に腕を回されて「うぐ」と声が漏れる。息を吸い込むと、匂いでわかってしまった。
「随分楽しそうじゃない。俺も混ぜてよ」
趙さんは椅子を引っ張って私のすぐ側に座る。ハン・ジュンギは居づらそうに視線をさ迷わせて、場の空気を軽くしようと口を開いた。まずいちょっと待って。
「今、なまえさんにお菓子を貰っ」
「あああーっ!」
「え?」
遮ったが、遮れていない。「お菓子? 貰ったの? なまえから?」趙さんは私の顔を両手で掴んで上を向かせる。人間の関節の可動域を熟知している。痛みがないのが逆に怖い。ハン・ジュンギはそろそろと立ち去ろうとしている。うーん。正しい判断。さすがコミジュルの参謀だ。
「……まあこういうのは先着順でなくなるものだし」
「ひとつしか無かったんですか!?」
それを自分に。見つかれば火種になることは明白では。そんな顔でこちらを見てくるが、そのひとつしかないものを趙さんに取っておいたらそれはなんというか。それはそれで。そもそもこんな修羅場になることは想定していない。
「ふーん。良かったね?」
「私は急用を思い出したので失礼します」
ハン・ジュンギは走って出て行った。最初に秘密にしておくようにと釘を刺さなかったことを後悔しながら弁解を試みる。
「ちょうどそこに、ハン・ジュンギがいたので」
「なまえちゃんってさ、結構よくハン・ジュンギ構うよね」
「食べ物へのリアクションが面白くてつい」
「ハン・ジュンギをリスかなにかと勘違いしてない?」
確かによく食べ物を分け与えては微笑ましく見ているが、気を使われていた可能性がないわけではない。リアクションするのが礼儀だ、と思っていたからやや大袈裟な反応をしていたのかも。そうだとしたら申し訳なかった。
「よく考えたら迷惑だったかな……」
今度からはもうちょっと注意深く観察してみようか。考え込んでいると趙さんは息を吐きながら私の顔から手を離した。「そんなことないとは思うけどさあ」カウンターテーブルに肘をついて、手の上に顔をのせる。
「俺が嫉妬しただけ」
「まさか趙さんに見つかるとは」
「なまえちゃんのそういうところ最高に不安」
「大丈夫ですか。一発芸しましょうか?」
「そういうところも不安」
「なんか慣れてるんだよなあ」と趙さんは上半身をテーブルの上に投げ出して机に突っ伏し、ちらちらと私を見上げた。私は「サングラス痛くないですか」と聞いた。
「もーーー……」
「あっ、牛!」
「別に一発芸した訳じゃないんだけど」
初めて出会った時から、悪い人では無いだろうと感じてはいた。怖い時もないわけではないし、思考や言葉の節々が一般人とは違うなと思うこともある。ただ、基本的にはノリが良くて優しいこの人が、私のことを気にしてくれるのは、うん。
「わかってますよ」
「本当かなあ」
「わかってます」
嬉しくはある。先着順でお菓子をあげたことについては、たまたまそこに来たのがハン・ジュンギだったからあげただけなので、そう私が悪いとも思えないが、拗ねているこの人を見ると、そんなに気にする必要は無い、と言いたくなる。
「じゃあ何か俺が喜ぶこと言ってみてよ」
「なら、映画観に行きませんか。観たいけどまだ観れてないやつあって。ほら、これです」
ただ気軽に「大丈夫ですよ」と言ってみたい気もする。「好きにしてください」と委ねてみたい気もするけれど。趙さんのように、そうありたくてたまらなくなった時に、言葉にしてみたいと思う。たぶん。その時はそう遠くなく訪れるだろう。
「……いいよ」
なんてやつ? と趙さんは体を起こして私のスマホを覗き込んだ。かなりくっきりした二重瞼だなあとはじめて気づいて、彼がこちらを向く前に私もスマホに視線を落とした。今からだと、何時から上映しているだろうか。


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20211119

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